あしうらかゆうま
昔からつうか今も現在進行形で変なもんに好かれる事が多い俺だが「あたしだって変なもんに好かれてるもん!」そうだなそうだな。だから足の裏なんてけったいな場所を科に刺されるんだよな。虫にまで好かれる我妻。これ自慢していいのか?
よく血液型がうんちゃらだったら刺されやすいという話を聞くが、お前は何型だっけ。
「安産型」
「よし、確かめてやるから服ぬげてめえ」
あーるえいちのマイナスよー! という悲鳴を右耳から左耳にスルーアウトしつつ服を引ん剥いてる場合ではないのである。
かゆいかゆいと不満ぶーぶーの我妻の足の裏を今は何とかせにゃな。まぁ自分じゃよく見えない場所だけに俺がムヒぬってやるだけなんだがね。
というわけで乳出してないでさっさと足出せや。ところでRHのマイナスって蚊に好かれる血液型だっけ?
「知らないわよんなこと。それよりあんた酔ってるでしょ」
「おう。古泉がくれた洋酒が美味くてな。晩飯のあとに全部あけちまった」
ちょい前まで禁酒の刑を食らってたからいっそう美味かったぜと笑いながら「あほ!」と脳天を叩かれつつムヒのキャップを開ける。
向かい合って座った対面。手ブラでぷんすか怒る妻の顔が……あぁ二つに見えるなぁ。ハルヒが二人に見える。ハルヒが二人。ふたり……。おいおい、ふたりってことは、
「さんぴーしよう」
「あほんだら!」とアッパーカットを食らいながらむんずと足首を掴む。ぐいと引き寄せながら上に持ち上げるとテコの要領でハルヒの背中は地面に激突だ。頭をうったのか「ぬぉぉ」と呻いてる顔どころか目の前にある足の裏まで二つに見えるが、これでようやくムヒ塗ってやれるぜ。
では早速――って、片手じゃ本体から指に取れないじゃねえか。ううむ。指に取ってからハルヒをひっくり返せば良かったな。頭がふわふわしてるから考えがまわらん。
さてどうしよう。うりゃっと片手で出来ないもんかと試してみるが床にムヒが飛び散っただけで終わった。しかし両手使うとなると足首掴んでる方を離さないといかんな。
「……うーむ」
「ちょっとちょっと、急に真面目な顔しないでよ」
とか悩んでると手ブラぷらす何でかスカートの裾を押さえたハルヒがわたわたし始めた。
別に真面目な顔した覚えはないんだがな。とうとう三つに見え出した足裏にどうにか焦点をあわせようと眼球にリキを込めていただけだ。
どうにか片手で……足裏が三つ……足裏がふらふら、ふらふら、って――この野郎。人が薬塗ってやるっていうのに右や左やふらふらしくさってからに。大人しくしろっ。
「おっ、あらっ」
空いてる手も使って足を押さえようとしたのだが空振りに終わった。すかっと空を切る。おかしいな。片手はきちんと足首を掴んでるのに。いや、掴んだときはまだ二つにしか見えなかったから掴めたんだ。今出来なかったのは三つに見えてるのが悪い。
ちくしょう。何勝手に三つになってやがる。あぁ、くそ。ふらふらどころか霞んできやがった。よく見えない。よく見えない……見えなかったら……、
「ふが」
「きゃあぁ!」
べちょん。うん。近づけば良いのだ。
おお、よく見える。視界一杯に足裏が広がってるぞ。
これならバッチリオッケイだ。……何がオッケイなんだっけ? まぁいいか。薬だ薬。さてさて……ん? ムヒがねえぞ。どこいった。
ハルヒ。知らないか?
「きゃっ、ちょっ、くすぐったっ」
はぁ? 何言ってやがんだてめえ。って、そうか。足裏に密着した口を動かしたもんだからくすぐったいに決まってるか。そうそう。俺の顔面がハルヒの足裏にべったりくっついている。
「……?」
ちょっと待て。それは何かおかしいだろ。
そうだよ。おかしいだろこのくそったれが。何人の顔踏みつけてんだよ。怒るぞてめえ。いや駄目だ。もう怒った。俺は怒った。こんな行儀の悪い足はこうしてやる。
れろっ。
「ひゃわっ! ちょ、きょ、あんた! このばかっ! いきなり何すんのよ!」
だから何かしてんのはお前のほうだろうが。踏みつけるだけに留まらず、足裏を震動させて俺の表情筋を破壊する算段だってことはお見通しなんだ。そもそも踵どころか土踏まずまでつるつるのすべすべってどういうことやねん。元気と勇気もりもりに家の中じゃはだしで走りまわっとるくせに。この角質知らずめ。世の大多数の女性に謝れ! あやまれぇ!
――というお説教を舌に乗せてれろれろと送信したのだが、ハルヒの野郎はというと、
「ややっ! ひゃっ! くすぐったっ! ちょ、ばかやめて、ひゃはっ、あはっ! あっ……ん、んん……はっ、んぅ……ふぁ」
騒いでいたかと思えば突然ぐったりと体を弛緩させて変な息を漏らしだした。
どうしようか。こりゃ随分とおかしなことになったな。
何がおかしいってだな諸君、べろべろに酔ってるはずの俺なのにハルヒのそんな声を聞いてると息子さんの元気と勇気が百パーセントになってしまったことだ。
俺の唾液でぬらてらと光る足裏から顔を離す。こちらの口周りもべたべただった。ぷはぅと大きく息を無意識に吐いて、それで俺が酸欠になりかけてたことに気がつく。どうやら夢中で舐めててたらしい。お説教してたはずなんだけどな。それ自体当初の目的から逸脱してるも甚だしい気がするんだが気のせいか。
「ハルヒ……」
「キョン……」
いい加減腕がだるい。支えていられなくなって、ハルヒの足を肩に担いだ。恥ずかしい格好のはずなのにハルヒは文句一つ言わず、イマイチぼんやりとしているがその顔はとろんとしているような雰囲気だ。
とろんとした顔のハルヒが……たくさん。たくさんで、俺に熱の篭った視線を向けている。これだけ居るともう何ピーなのか把握することが出来ない。ピーピーピー……スプートニク一号。
「ねぇ」と呼びかけられて宇宙の果てから帰還する。声が小さいのか俺の耳がボケたのか定かじゃないが、ともかく続きをもっとよく聞き取ろうと半ばハルヒに覆いかぶさるように上体を倒した。担ぎ上げた足のせいでハルヒの腰がわずかに浮く。浮いたそこへと俺の腰も密着して、触れた部分が妙に熱かった。はぁ、と息を吸い込みゆたかな胸を上下させて、ハルヒが口を開く。
「あしのうらなんか……ばっちいのに、ばか」
毛先ほどの空白を発生させたのはハルヒが非難しているのか申し訳ないと思っているのか判断しかねたからで、酩酊した頭ではグッドな返事を思いつかなかった俺はここぞとばかりに応えた。
「いや、中々美味かった」
本音を言えば少ししょっぱいだけだったがね。
ばか、と今日一番小さな声が徐々に狭まる二人の間の空気を震わせ、互いが吐いた息を吸って呼吸が成立してしまうような距離になった頃にはその震動も収まって、たくさんのハルヒは何時の間にか一人になっていた。
――あぁ、やっと見つけたぜ。
赤ん坊の額にうかんだ汗をぬぐってやるような優しい手つきで頬に手を添える。ぴくんと震える顔はこの世この宇宙で一番いとおしい輝きを放っている――のだが。
うーん。あー。はぁ……いや、愛してるさ。でも、でも、でもなぁ……、
「さんぴーしたかったな……」
何度も確認するが俺はそれはもう酔っていてだな、ぽろっと出たその台詞のおかげで「阿呆!」今日一番大きい怒鳴り声を聞く羽目になったんだなこれが。
ワザトジャナイデスヨー。
どっとはらい。
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