「鷹臣、アルバム見ない?」

日曜日の夕方。
いつものように俺の部屋へやってきた縁が、
夕食後、赤いフェルト生地のカバーがかかったアルバムを取り出した。
数日前に実家に帰省したときに持ってきたという。

「兄貴の昔の写真だよ」

見たい。それはもう、ものすごく見たいけど。

「……勝手に見たら勝威さん嫌がらないかな」
「それは大丈夫だよ。ちゃんと兄貴には伝えてあるし」
「えっ、そうなの?勝威さんがよく許可くれたね」
「"鷹臣が見たがってる"って言ったからね」

縁がソファに座ったから、俺もその隣に腰を下ろす。

「うちにきたのが10歳のときだから、それ以降の写真しか無いんだけどさ」

縁が表紙をめくると、黒髪で短髪の男の子と、
それより少し背の低い女の子、2人の写真が貼られていた。

「うーんと…この男の子は縁だよね?」
「それが兄貴、僕はその隣」
「えっ!これ勝威さんなの?」
「小さい頃は、僕と勝威って結構似てたから」
「この髪の長い子が縁…女の子かと思った」
「そう。髪を切られるのが嫌いで、よく間違えられたよ」

縁と勝威さん、2人で一緒に写っているのは1枚だけだった。
勝威さんの写真は他にも数枚あったけど、心なしか緊張しているような。
どれも強張った表情を浮かべている。
お母さんと離れて暮らすようになったばかりだからかもしれない。

「これが中1で、この辺から中2かな?」
「勝威さん、すごい背が伸びてる…」
「兄貴は1年くらいの間に一気に伸びたからね」
「……モテそう」
「まぁ、実際馬鹿みたいにモテたよ」

そう呟くと、縁は眉間に皺を寄せる。
中学時代の2人は一番仲が悪かったみたいだから、
あまり良い思い出はないのかな。

「やっぱり笑ってる写真は少ないね」
「うちの家系はみんなそうだから。ごめんね、写真少なくて」
「ううん。見れてよかった。ありがとう」

初めて会ったときの勝威さんは、ちょっと怖くて。
今でも感情表現が豊かな方ではないけど、
こうして見ると、少しずつ表情が柔らかくなってきている気がする。

「そうだ、興味ないかもしれないけど、こっちも見ていいよ」
「これは?」
「高遠の中学時代、鷹臣は見たことないでしょ」

縁は悪戯っぽく笑って、鞄の中からプラスチックのカバーの
ミニアルバムを取り出して最初のページを開いた。

なんていうか、見た瞬間に認識できる圧倒的な存在感。
肩につくくらいの長さの、濃いピンク色の髪。
今より少し幼い高遠さんが写真の真ん中でピースサインしてる。

「高遠はあんまり見せたがらないんだけど、
小林に頼んでプリントアウトしてもらったんだよね」

「うわ…これで中学生?」

「こんなのが同級生にいたら僕なら絶対関わらないと思う」

俺もそう思う。普通に生きてたら絶対人生が交わらない人。
そんな人と1年間毎日のように食卓を囲んでいたなんて、
人と人との巡り合わせって本当に不思議だ。

「これが高1。金髪でさえ落ち着いて見えるよね」

「これって研修旅行のときの写真?」

「そうだよ。姉さんが写真撮ってこいって兄貴に
カメラを渡したのに、面倒臭がって高遠に預けたみたいで。
それで結果的に高遠の写真ばっかりになったんだよ」

卒業アルバムのときもそうだったけど、高遠さんは
常に写真の一番目立つポジションに満面の笑みで写りこんでいる。
ここまでくると、なんていうか一種の才能だと思う。

「姉さんは怒ってたけどね。僕はこの写真が気になって…」

縁が指差したその1枚だけ、高遠さんが写っているのに
カメラの方を向いていなかった。撮られていることに
気がついていないのか、視線を落として真顔のままで。

「前に"入学前から高遠さんのこと知ってた"って話してたよね。
もしかしてこれのこと?」

「そう。僕が一方的に覚えてただけだよ」

「ねぇ…この次のページからの写真って全部縁が撮ったの?」

ページをめくって驚いた。
たくさんの高遠さんの写真。その全てがカメラ目線じゃなくて、
窓の方を見ていたり、後ろ姿だとか、寝顔もある。

「隠し撮り?」

「そのつもりだったけど厳密に言えば違うかな。
高遠なら気づいてたかもしれないしね。
気づかないふりをしてくれてたのかも」

何枚も何枚も、ページは続く。
縁が高遠さんに出会ってからの2年間がそこにはあって。

携帯のカメラで日常を切り取っただけのその写真が、
綺麗で、無性に切なくて。胸が締め付けられた。


「……いいなぁ。俺も撮っておけばよかった」
「兄貴は嫌がるかもしれないけど、鷹臣なら別かもね」


これからでも撮れるよ、写真なんていくらでも。
そう言って、縁は微かに笑った。


「縁。ありがとう」


何年たっても、今みたいな気持ちでアルバムを開く日がきますように。
いつか俺にも、自然に笑ってる勝威さんの写真が撮れるといいな。







感想・リクエストなどなどなんでも嬉しいです。励みになります(○´ω`○)
あと1000文字。