伊達の作る料理は徳川には味が薄すぎる。徳川の作る料理は伊達には塩がきつすぎる。

水の味が違う、と顔をしかめたのは存外神経質な真田であったか、見るからに細かくうるさそうな石田であったか伊達はもうおぼえていない。押しかけてきたのが柄杓で水をすくってうまそうに呑んだ、その後のいかにも心地悪げな声だけをおぼろげに覚えている。

「言われりゃあ確かにそもそも水がちげぇなぁ」
豊臣の城に招かれた折、是非にと乞われて一度、夕餉に腕を振るった。出汁の取り方の勝手、塩の味、些細にだがいちいち違って、結果思ったのとはどことはなしに違う味になる。うまいうまいと居並ぶ武将の褒め言葉を聞きながらも、こうではない、もっとああいう味になるはずだった、と歯噛みをしたのは今でも忘れ得ぬ。
奥州と大阪で水が違うのだから奥州と三河でも水も、塩も、昆布も鰹の味も違うだろう。なにせ、面している海からして違う。水が違えば野菜の味も風味も変わる。土も違う。同じ大豆でも粒が違う。つく虫が違う。畢竟、味噌の味も醤油の味も、考えれば味覚が違うのなぞ当たり前だ。
生まれた土地からして致命的に違う。

くつくつと醤油と砂糖を混ぜた中でうずらの卵が煮える。みりんを回して、僅か、昆布からとった出汁を足した。
料理は好きだ。並んだ白い卵の肌がうっすらと茶色に染まって、照り照りと蝋燭の灯の下で輝く。
これと思った手順を重ねれば必ずうまくいく。手を動かしている間は回想をして悔しさや恥や汚辱や悲しみを思い出したとて激情には至らず、作業の中に溶けて消える。
揺すった鍋の中でちいさな卵たちがぶつかり合う。味が沁みていくのを肌で感じる。鍋の中、はじけては消えて行く泡を見ながら、ふと優しい気持ちにもなりうる。
あたたまった厨の屋根の上で雪が、屋根に接している部分だけ溶ける。ずる、みし、と屋根を軋らせ、じわじわと塊のまま緩やかな傾斜を滑り、どさりと戸の前に落ちる重い音。
飲んでいた酒を鍋の中にさっと回す。清酒が醤油と昆布の香りを巻き込んで匂い立った。吸い込んで、吐く。

鍋から立ち上る蒸気に当てられて眼帯の内側がぬるむ。
真田は団子を肴に焼酎を呑むような奴だった。そんなことを今更思い出す。
「独眼竜」
燗はまだつかないか、と大食らいが座敷からわざわざ長い寒い廊下を通って厨にまで顔を出しに来るから笑ってやった。しんと沈んでいた厨に、なんだ、暗いぞと火を灯して歩いて、何を飲んでいるのだ、ずるいぞと銚子を奪い、おお!うずらか!と鍋を覗き込む額を平手で叩く。どやどやと一気にやかましい。
「どうせ食った気がしねぇだろう」
「なんだ、なんだ突然に」
「塩が足りねぇって言うんなら、後で小豆でも炊いてやろうか」
「あずき」
「塩きかせてな、半殺しにして餅にくるんで。そんなのがテメェには似合いだ竹千代めが」
上機嫌に罵倒して水気の大分失せた鍋を持ち上げれば間抜け面の狸がぱちぱちと瞬く。
少し間を置いて、かくんとからくり人形のように小首をかしげた。
「なんだかわからんが、塩大福を作るのか」
それは好物だ、と真顔のまま言うから更に笑ってやった。
「泣くほど塩をきかせてやるから覚悟しておけ」
屋根の上の雪がまた屋根を軋ませて落ちる。その音にびく、と驚く顔はやはり伊達には幼く見えた。
「この竹千代めが」
言って、またくちびるを歪ませる。有田の皿にうずらを盛る後ろで、なんだなんだ、と図体ばかりでかくなった糞餓鬼が拗ねた調子で騒ぎ立てた。



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