※さなだがノイローゼ。3の幸村ストーリーで上杉と戦った後ぐらい。だといいな。


持っていて下さらぬか、と子供の小遣いにも満たない金額を渡された。
え、と思って胸元を凝視すると、枚数が。
「だめだよ」
それじゃ渡れない、口に出して手のひらの上の軽い金属、磨かれずに黒ばんでいる一文銭を自分より一回り小さい手のひらに押し返した。彼のこどもじみた所を一番よくあらわしていると俺の思う丸い、まあるい目が、見開かれる。
「ただの迷信でござろうに」
「旗にまでしてるひとが言う言葉じゃないよ」
「わかりませぬか。だからこそ、でござろうに」
「は?」
長い指、節くれ立って槍だこのある手が俺の掌を閉じさせる。
「渡れなくば戻されましょう。某はまだ、まだ、例え首をとられようと、渡る、わけには」
俺の手をぎゅっと握って、笑った。疲れた顔で。
「某が先に渡ってしまっては、お館様に叱られまするゆえ」
「……俺、ずっと上杉にいないかもしれないよ。あんたが戻ってきたころにはいないかもしれない。返せないかもしれないよ。あんたが本懐を果たしても。……これ、は。後から一枚足せばいいってもんでもないだろ」
「慶次殿は、やさしゅうござろう」
「あんた、ひどいね」
言外に信頼をちらつかせて、謙信よりもあの忍びよりも俺に渡すんだって滲ませて、退路を断つやり方を
多分、武田のおっちゃんが病に伏せったから身につけたのだ。無理やり。似合わないものを。
「ひとでなしだ。あんた、立派な虎だよ」
「慶次殿は」
遠くから忍びが呼ぶ。旦那、ではなく大将、と呼ぶ。
「某の見込んだ通りの御仁でござったな」

目に涙の膜をはりつかせて太陽を見上げて、時間を確かめて、胸元に五枚きりの一文銭を躍らせて、あんたは、出陣する。
俺に託さないと渡ってしまうほど疲れているくせに。
急に日が陰って寒気がした。さっき幸村が見上げて行った空を見上げれば雲が流れて、また日光が降り注ぐ。
あたたかい陽光を浴びながら、俺は後悔する。受け取ってしまった事を。だけど、今からでも間に合うのに追いかけて投げ返すことができない。
長いハチマキをなびかせて振り返った足もとに落ちる一文を見ることがとても俺にはできない。

これは町人の間で流行っている話だから知らない、武家のあんたは知らない話だと思うけれど
川のたもとには奪衣婆と懸衣爺がいてさ、五文しか持ってなかったらあんたは着物をはぎ取られて、その重さで生前の罪をはかられるんだよ。
どっちにしたって地獄だとしても、俺はあんたに六文揃えていってほしかったよ。

あんたのはりのある掛け声の後、真田隊の歩きだす足音が、規則正しく地を踏んで遠ざかる。
ただの迷信でござろうに、って。
そう言って笑ったけどあんた。
信じてないならなんで。

手のひらをひらいて見つめた一文銭はつんと鼻腔を突き刺す錆の匂い。
日付の吉凶を気にするような俺にこんな迷信を預けてくなんて、あんた、やっぱり。



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