旦那、旦那と庭先から呼ぶ声で頭が起きた。夕暮れだ。朝から昼までの鍛錬で疲れた体にはまだ色濃く熟睡の気配が残っている。気怠い満足。よく眠った後の体の重い感じは性交の後のもったりとした余韻に少しだけ似ている。
「ねえ旦那起きてよ」
「なんだ」
不精をして寝たまま障子に手を伸ばす。指先がかろうじて引っかかる距離、桟に爪を立てて苦労して引き開けた先、縁側に肘を乗せてこちらに乗り出していた忍びがあからさまに顔をしかめた。
「なにしてんの」
「なんだ藪から棒に」
「いやいやいや起きてってそうじゃなくてね、旦那ね、いくら俺様が忍びだからってそれはひどくない」
「ひどいのはお前だろう。俺は熟睡しておったのだぞ」
ふわあ、と口に手を当ててあくびをする。
「ええー……」
目を開けるとさかさまの佐助ががっくりと首を落とした所だった。夕焼けが赤い。
「それで、なんだ」
ごろりと寝返りをうつ。
「聞く気ないでしょ旦那」
「まあそれなりに、ないな」
「あんた結構そういうとこ適当だよね。いいから起きてよ。じゃないとこっちの甲斐もない」
まあ仕方ないと起き上がる。胡座をかいて髪の擦れた首筋をがりがりとかいてもう一度、あくびをした。
佐助が眉を顰める。そうすると額にしわが寄って少しだけ、忍びの顔が薄れて拗ねたような幼い顔になる。
それを見るのが好きだった。



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