(安さに)


「見て、安定。天の川だよ」
 主が空を指さして川だなんておかしなことを言うから、ふと空を見上げると、本当に夜暗には川が流れていた。
 燦然とかがやく、幾千もの星々はまるで川のように空に広がって、僕たちを照らしていた。
 比喩なんかではなく、本当に川のようだと思った。
 主いわく、星空がこんなふうになるのは今の時期だけらしく、主も年甲斐なくはしゃいでいた。
 なんでも、天の川は離れ離れになってしまった男女が年に一度だけ出会える日らしい。
 でもふたりとも自分の役目を忘れてそうなったのだから、自業自得だよね、とも主は言った。
「ねえ、すこし歩こうよ」
 そう言うと主は縁側に座っていた僕の手を引っ張り、立ち上がらせる。
 夜に出歩くなんてことは滅多にしない。
 本丸の外はいくら近場とはいえどもどんな危険が待っているかわからない。
 伴が僕ひとりで夜道を歩いたなんて、ほかの刀剣に知れたらきっと主も僕も怒られるだろう。
 だめだよ、と僕は引き止めたが、主がそれを聞き入れてくれるはずもなく、主に手をひかれて本丸の外に出てしまった。
 どこまで行っても天の川は途切れることなく続く。
 星なんていつも見ているはずなのに今日は主にとって格別なのだろうか、目に星をたくさん映して早歩きだ。
「ちょっと、どこまで行くの」
「もうちょっと……っくしゅん!」
「あーほら……お風呂あがりなんだから暖かくしないと」
 いくら夏真っ最中といえども、夜は空気が冷たい。せっかく温まったからだも湯冷めしてしまう。
 着ていた羽織りを主にかけてやると、僕はちょっと怒っているつもりなのに主は目尻をさげて笑っている。
 星空を背景にその光りに照らされてほほ笑む主の顔はいつもよりきれいに見えて、さっと目をそらしてしまう。
 遥か遠くの星すら吸い込んでしまいそうな瞳が、とてもまぶしかった。
「なに笑ってるの」
「いいや、安定は優しいなって」
「……ばかなこと言ってないで、ほら、そろそろ戻るよ」
 先ほど手をつないで歩いていたくせで手を差し出す。
 きょとんとした顔で主は僕の手を見つめてくる。主の表情の意図が読めなくて、僕は眉間にしわをよせて、数秒考える。
 ……これではまるで僕が手を繋ぎたがっているみたいだ。
 主がおかしな顔をしたのはそのせいだと気づき、急に恥ずかしくなって慌てて手を引っ込めようとした瞬間、力強く手を掴まれる。
「そうだね、行こうか」
 主はすこし残念そうに、だけど嬉しそうに笑って僕の手をとる。
 手が重なった瞬間から、夜風が涼しいはずなのにやけに顔が火照り、主に握られる掌にじんわり熱がこもるのがわかった。
 さっきだってずっと手をつないでいたはずなのに、僕のなかに唐突に芽生えた感情が、この熱が、どうすれば消えるのかわからない。
 主はというと、また星を見に来ようねなんて暢気なことを言いながら僕の気も知らずに汗ばむ手を引いて歩くのであった。


 安さにの夏。満天の星空を見上げながら隣を歩く君が、どうしようもなく眩しくて、平然を装って汗ばむ手を握った。 http://shindanmaker.com/545359



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