|
【天国への階段】REBORN!(ベル+スク) 病院という施設は、案外好きだ。 僅かな差はあれど、何処も静かで陰欝で、死の匂いが漂っている。 此処はきっと自分が知る中で、最も天国に近い場所なのだろうと彼は思う。 けれど己が死した先に向かうのは、迷う事なく地獄なのだろうとも。 そこには悲観的な感情はなく、いつしか漠然と事実として受け入れていた。 七つの罪を名に冠する彼は、病室の白いカーテンを開いて窓を開ける。 長時間密封していたためか、外からは新鮮な空気が勢いよく流れ込んできた。 悪戯に前髪を浚おうとする風は、この澱んだ空気を入れ換えるには十分だ。 心地良い筈のそれが、今の自分では何故か気分が晴れない。 天気は快晴だというのに。 「つまんねー」 ぽつりと呟いた言葉は、誰も拾ってはくれない。 まるで空気に溶けるように消えていった。 清潔過ぎる病室のベッドには、少年が一人。 まるで目を覚ますのを拒むかのように、昏々と眠り続けていた。 彼は、この少年が嫌いではなかったが、眠っている少年は好きではなかった。 何しろ、いつものあの生き生きとした光を放つ黒い瞳が見えない。 気に入っていた、剣を握っている時の切り刻みたくなるような鋭い眼も見えないからだ。 「──まだ待機命令解けないの?」 ふと扉の開く気配を背後から感じ取り、言葉を投げ掛けた。 「判ってんなら聞くんじゃねぇ」 部屋に入るなり問われた男は驚くこともなく、ベッドの横にある来客用の簡易な椅子に腰掛けた。 ──つまんねーの。 彼の口唇から再び同じ台詞が零れる。 何もかもが気に入らない。 誇り高いヴァリアーたる自身らが、名も知らぬマフィオーソ達にコケにされたのだ。 報復するどころか戦場に向かう事すら制止された。 どいつもこいつも腹の虫が治まらないが──『お気に入り』を壊されたこの男の心中までは推し量れない。 名の示す通りの怠慢な動きで後ろを窺い見ると、ベッドの少年を感情の読めない顔のままで見据える男の姿が見えた。 これも、つまらない。 さっきまで散々9代目に吠えていたくせに。 「なぁ、先輩。何考えてる?」 くるりとベッドの方へと向き直った。 そのまま窓の縁に寄り掛かりながら言う。 「……」 視線を固定したまま黙している男に、彼は続けた。 「あんたが殺してやんなよ」 「喉が渇いたのなら水を飲めよ」と言うような気軽さだった。 誰を、とは口に出さずとも男は理解しているだろう。 その証拠に、先程まで感情を映していなかった瞳は何処へ行ったのやら、彼をその銀色で突き刺すように睨めつけた。 「こいつがもう二度と目を醒まさなければ良いのにって、思わなかった?」 沈黙は答えだ。 「夢から醒めて、絶望するのは誰だ?」 醒めた時こそが悪夢だろうに。 それならばいっその事、幸せな思い出を抱いたままで送ってやればいいのに。 この少年ならばまだ、自分達の行けないパラディーゾに行けるかもしれない。 「──俺は」 堅い面持ちで長く沈黙を守っていた男が、漸く口を開いた。 「それでも俺は…諦めきれねぇ」 ボソリと呟いた声に、何をとも、誰をとも聞きはしない。 彼は知っているのだから。 窓から吹き抜けた風が、男の長い銀糸を揺らした。 少年は、まだ目覚めない。 (2010/8/25~武が復活するまで) | |||
|