01 筋トレ
 ブルックは歌えば大抵の悩み事は解決する、と思っている。この広い海の上、小さなことで悩んでいても仕方がないのだ。
 しかし、どうしても溜息をついてしまうことがある。
 自分の掌を見る。細く長い指は音楽家にとって誇るべき身体的特徴だ。だが、海賊としては少々心ともない。指はまだいい。腕や足、体はもう少し筋肉がついてもよかったんじゃないか、と思っている。
 太れない体質なのだろう。どんなに食べても体重が増えない。2Mを超える身長でこの体重はありえない、とかつて所属していた騎士団の健康診断で医師を悩ませた。計器の故障か、と何回も体重計に乗ったり降りたりを繰り返したのも、もう遠い記憶だ。
 どれだけ筋トレをしてもブルックのほっそりした腕に力こぶが出現する気配はなく、騎士団恒例の腕相撲大会で連敗を重ねたのも。
 余分な筋肉がないから素早く動けるので、そのうち気にしなくなったのだが。

「無事か」
「はい」
 崖の途中で木に引っ掛かっていたブルックに声をかけたのはゾロだ。
 経過は省くが、敵に吹っ飛ばされたブルックは崖から落ち、木に引っ掛かった。しばらく気絶していたのだろうか。日が傾きかけていた。
「終わったんですか?」
「あぁ。あとはお前とグル眉を回収するだけだ」
 どうやらサンジも吹っ飛ばされたか何かしたらしい。どんな状況なのか、聞こうと思ってやめた。ゾロは説明役に向いていない。
「みなさん怪我がなくて、何よりです」
「お前は?」
「え? あぁ、ありません。たぶん」
 木に引っ掛かったブルックは、態勢を整えようと体を動かした。途端に枝がしなって揺れた。
「うわわわぁぁ!」
「動くんじゃねぇよ」
 見かねたようにゾロは眉を寄せ、手をブルックのほうへ伸ばしてきた。
 木を揺らさないように、ブルックも慎重に手を伸ばす。
 ゾロはブルックの手を握ると、大して力も込めずにブルックを引っ張り上げた。ポイッとブルックを崖の上に放り投げる。
 ブルックは茂みの中に不時着した。からまる! アフロが! 慌てて髪に手をやると、ゾロがのんびりとした声で「悪りぃな」と言った。
「もうちょっと丁寧にお願いします! ゾロさん!」
「お前軽すぎるんだよ」
 ゾロは頭をかきながら、今度はブルックの襟をつかんで持ち上げた。
「帰るぞー」
 そのまま荷物のようにブルックを担ぎ歩き出した。放してください、とブルックは喚くがゾロは聞く耳を持っていないようだ。足を引きずられたまま、ブルックとゾロは行く。
「帰ったら…」
「あ?」
「帰ったら筋トレします! 絶対、二度と、担がせません!」
 一瞬の間があったあと、ゾロが「ぶっ」と噴き出した。
「笑わないでください! 私は真剣です!」
 ブルックは沈んでいく夕陽に向かって宣言した。

09'03'23




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