「エティ」
……何でしょう?
ヴァル、何か企んでいませんか? だって、あなたが私にそんな素敵な笑顔を向けて話しかけてきたことが、今までにありましたか?
そうですね、私の夢の中でしたらあったかもしれませんけれど。
いろいろと聞きたいところですが、ここは黙って笑顔で返しましょう。
「何ですか?」
「あいつらにも休暇を与えたから、お前もしっかり休んでおけよ」
いつもの業務連絡にしては、妙な表情ですね。
ちなみに、あいつらというのはヴァルの忠実な部下にして、私の船上での護衛たちのことです。
溢れんばかりの知識を持つ私が当然のごとく戦闘には向かないことを知ると、彼らは我先に「守る」と宣言してくださったのです。とても紳士的で素敵な方々でしょう?
時々、ごくまれに、少々暑苦しいこともありますが、その辺りは愛嬌ですよね。
「わかりました。では、私は伯父様の書斎に……」
「引きこもらせると思うか? 今日は休め。その代わり、明日ちょっと遠出するぞ」
「え?」
今、何と言いました?
明日、遠出?
どういうことですか、それは。私は、どう受け取ればいいのです?
「朝はいつもどおりだ。朝食後、行くぞ」
「ちょっと待ってください。行くって、どこへですか?」
まだ頭が混乱していますが、とりあえずそこは聞いておかなくては。
行くとしても、こちらにも、いろいろと準備があるんです。
「確か、ステルブール伯爵領には港はあっても浜辺はなかっただろ? 海に入れる場所、行ってみたくないか?」
海に、入れる? それはつまり、船で出るのではなく、陸から海へ?
いったいどうなっているのでしょう?
「……行ってみたいですね」
今回は、私の負けです。
私が知識欲を抑えられないと予想して、けれど案内してくれるというのですから甘えましょう。
何より、ヴァル自ら出かけようと誘ってくれたことなどありませんでしたから、私はこの上なく嬉しいのです。ああ、保護された当初の「街に行くか」は渋々でしたので数に入れていません。
「馬で行くから、それなりの準備をしておいてくれよ」
「わかりました」
そういえば、乗馬も久しぶりですね。
今度から、船を下りた後は少し駆けるようにしましょう。いざという時に勘が鈍っていては困りますから。
「では、私は伯父様の書斎に行ってきますね」
「……その荷物、持っていってやるから寄越せ」
出された手には素直に従いましょう。
正直、本ばかりのカバンは重たいんです。
「ヴァル、ありがとうございます」
今のお礼と、明日の誘いと。
二つ分の思いを込めて笑顔もつけたんですが……どうしてそこで微妙そうな顔になるんでしょうね。まったく、失礼にもほどがあります。
船のみなさんが喜んでくれるものにけちをつける理由を聞かずには……。
「その、何か企んでそうな笑い方じゃなくて、ジルやロジーといる時みたいに笑えよ」
ジルやロジーといる時、ですか?
……えっと、それは、そういう解釈でいいのでしょうか?
何だか、顔が熱くなってきました。
「そういうことは、顔を見て言ってください」
「できるか!」
ほんの少しだけ、赤くなっているヴァルの頬が見えたので、それでよしとします。
私は、一度に多くを望みませんから。