;愛のタマゴ >
「ここでもないか…。」 バーナビーはもう三度は見た抽斗を閉め、 どこか見落としてはいないかとあたりを見回した。 どこもかしこも丁寧に探したのに、それはどこにも見つからない。 <そもそも、本当に隠したのか?そんなもの…。> あまりにも見つからなさすぎてバーナビーはそんな根源的な疑念すら抱き始めた。 そんな思いを見透かしたのか虎徹はふっと口の端で笑った。 「ほらほら、どうしたバニーちゃん。もう降参かな?」 カウンターのスツールに腰掛けた虎徹が挑発的な笑みを浮かべ 諦めかけていたバーナビーの負けん気をけしかける。 そしてそれはバーナビーの負けず嫌い精神にまんまと火をつけた。 「誰がギブアップだといいました?時間はまだあるでしょう、黙っててください。」 ふんと強い息をひとつ吐き出し、バーナビーはローチェストの前から立ち上がった。 <望みなんて特にないけど、降参するのはしゃくだ。絶対見つけてやる!!> こうなったら玄関から虱潰しのローラー作戦だ。 バーナビーは大股でずかずかと玄関に向かうと下駄箱の中身をひっくり返す勢いで 『それ』を探しはじめた。 虎徹はそれを見てクックッと笑った。 <さて、見つけられなかったときはどうやってこれを出すか考えとかないとな。> バーナビー持ち前の有能さと執念を考えればいらぬ心配かもしれないが。 虎徹は『それ』の隠し場所に目をやって楽しげな笑みを浮かべた。 「頑張って見つけ出してくれよ、バニー?」 この部屋ん中に一個だけ隠したイースターエッグを見つけたら お前の望みを一つ叶えてやるよ。 唐突に虎徹がそう言いだしたのはほんの数十分前の事だった。 酒の席でのこととバーナビーは最初あまり本気にしなかった。 彼はこういうサプライズが好きだが、大事なことならシラフの時にする。 それは長くなりはじめた付き合いの中でバーナビーが経験則で覚えたことだ。 ゆえにバーナビーは昔楓に使ったおもちゃでも出てきたかなにかで、 虎徹が思い付きでそんなことを言っているのだろうと本気にしなかった。 出動あけで疲れて帰ってきてせっかくのんびりしていたのに 思い付きで振り回されたんじゃ堪らない。 バーナビーは手をひらひらと横に振った。 「僕の望みって、高くついたらどうするんです?やめといた方がいいですよ。」 少し酔っていたこともあってその遊びに乗っかるのは面倒だと思った バーナビーはすげなく手をひらひらと横に振った。 その様子を見て虎徹は「ははーん」と妙に大げさな声をあげた。 「あ、バニーこういうのしたことないのか。ひょっとして自信ないとか?」 その言葉にバーナビーが細い眉根を寄せた。 「出来ないことを強要しちゃいけねえよなあ。悪い、今のはなかったことに…。」 虎徹の取ってつけたような詫びの言葉にバーナビーはすっくと立ち上がった。 「誰が出来ないと言いました?どこに隠したのか知りませんが見つけてみせますよ。」 虎徹はにっと笑い人差し指を立てた。 「だらだらやっても仕方ねえから一時間以内な。」 「そんなに要りません!30分で見つけてやる!!」 息巻いて探し物を始めたバーナビーに虎徹は内心でほくそえんだ。 <ちょろいちょろい。頭良いくせに簡単すぎるぜバニーちゃん。> イースターエッグは兎が隠すと言われているが、 虎が隠したイースターエッグを兎が探すハイド&シークはこうして始まった。 バーナビーは玄関を丁寧に探してからふと携帯を取り出した。 卵探しを始めるときに宣言通り30分にセットしたタイマーは残り10分。 刻々と削り取られる時間にバーナビーは一つ息を吐いた。 <このまま闇雲に探したらタイムアップ確実だな。> バーナビーはローラー作戦を諦め、推理してピンポイントで攻めることにした。 まずは玄関。 <ここはもう充分に探したし、シューズボックス以外にはものを隠せる場所がない。> 頭の中に描く鏑木家見取り図から玄関を消した。 バーナビーはゆっくりとリビングダイニングに足を戻した。 ぐるりと見回し、何かヒントはないかと思いを巡らせる。 すぐ横手にあるチェストとオーディオラック辺りは 抽斗も多くごちゃごちゃしていて物を隠すのに最適そうだが…。 <虎徹さんが僕に何かやろうという時にここに隠すだろうか…。> その二か所は亡き愛妻の写真が飾られている場所。 そこに今の恋人である自分に向けた仕掛けを置くとは思えない。 彼はやや鈍感ではあるが無神経ではない。 <この二か所はない。> バーナビーはそのままその隣のTVラックをざっとみて可能性なしと判断した。 <開き扉の取っ手とTVの横にうっすら埃が積もってる。最近触ってないな。> ローテーブルやソファの影もざっと見るが、それらしきものはない。 見取り図からリビング全体が消えた。 <お、何か頭使う作戦に切り替えたな。> バーナビーの動きが変わったのに気づいた虎徹はそろそろ見つかるかなと 落ち着きなくもぞもぞと身を捩った。 バーナビーはそんな虎徹をちらと見て下からロフトを見上げた。 ゆっくりと階段に足をかけ、今度は傍のスツールに座ったままの虎徹を ちらりと横目で見る。 <…違うな。> 虎徹の性格的に、ロフトが当たりなら目が泳いだり敢えて違うところをうろうろしたり そういった挙動不審な行動が出そうだ。 見取り図からロフトが消え、虎徹の性格的にトイレやバスルームに そういうものを隠すとも思えずそれらも消えた。 残るはキッチンとダイニング部分だけ。 <もっと重大な隠し事ならあの人は徹底して隠しおおすけれど…。> だがそもそも見つけるのが目的のイースターエッグを 能力減退の事実のように徹底して隠蔽しようとはすまい。 この遊びを持ちかけた虎徹としては見つけてもらいたいはずだ。 その気持ちは多分、彼の挙動に現れる。 バーナビーは階段から足を下ろし、虎徹の向かいにあるソファに戻った。 「え、どうした?諦めるのか?」 虎徹はスツールから立ち上がり時計を見た。 あと4分弱。 普通の人ならもう間に合わないと思うだろうが、 自分たちは4分という時間の重みを知っている。 「まだ時間あるだろ。諦めるなんてお前らしくもない。」 バーナビーは首を傾げ虎徹をじっと見据えた。 <ずいぶん煽ってくるな。そんなに見つけてもらわないと困るのか?> バーナビーはこの卵探しが前もって準備されたものではとようやく気付いた。 彼は何らかの意図を持ってこのイースターエッグ探しをさせている。 …となると。 <…なんか、虎徹さんの周りが怪しいな。> 彼がずっと座っているそのスツールはものを隠せる作りではない。 だが、何となく彼の周辺が臭う気がした。 勘を頼りにするのは自分のやり方ではないが、勘が理屈を上回ることもある。 虎徹がポケットに突っこんでいた手を抜き、落ち着きなく手をごそごそと組みかえた。 自分がこの位置に来てからあからさまに態度がおかしい。 バーナビーは意を決して立ち上がった。 自分の中で確証は得られていない。 だがもうこれ以上推理、検証する時間もない。 <一か八か。> 自分に歩み寄るバーナビーを見て虎徹の目が泳いだ。 「失礼します。」 そういうとバーナビーは虎徹の側に立って身をかがめると 両手で彼のボディチェックを始めた。 虎徹はといえば観念したような、あるいは『やっとか』というような笑いを浮かべ 何も言わず為すがままになっている。 そして虎徹の右のポケットに触れたバーナビーの手が止まり、 下から覗きこむ形で虎徹に微笑んだ。 ピピピピピ…。 バーナビーの懐でスマホのタイマーがタイムアップを告げる。 「…お見事。」 虎徹は笑ってポケットからピンクのイースターエッグを差し出した。 「ふう…。全く人が悪いな。懐に隠し持つなんて。」 どうにか自分が宣言した時間通りに見つけられて安堵の息を吐き、 バーナビーはその卵を受け取った。 「で、僕の願いを聞いてくれるんでしたっけ?」 何にしようかなというバーナビーに虎徹は柔らかな笑みを浮かべた。 「その前に、その卵を開けてみ?」 バーナビーはえ?と首を傾げイースターエッグを見た。 よく見ると卵は革が貼られ上下に分かれている。 「これ…ずいぶん手の込んだイースターエッグですね。」 薄いピンクの革には型押しで兎の文様が刻まれ、 蓋になっているらしき上の部分には金箔で丁寧な加工がされている。 どう見ても『どこかから出てきた娘の古いおもちゃ』ではない。 「虎徹さん、この卵一体…。」 訝しげなバーナビーに虎徹は促すようにそれに目をやった。 「ま開けてみろって。」 バーナビーがそっとその卵を開くと…。 上蓋の裏には小さなメッセージカードが挟まれ、 下の土台には柔らかな真綿に白金の指輪が埋め込まれていた。 バーナビーはそっと指輪を摘まみだし、添えられたカードを開いた。 ―Please,marry me? バーナビーが驚いて虎徹を見ると、彼は精悍な頬を染め頷いた。 「お前の願いっつーかむしろ俺の願いなんだけどさ…。」 虎徹はバーナビーの手から指輪を取りあげると彼の左手を取り薬指に嵌めた。 「バーナビー、俺と結婚してください。」 その言葉にバーナビーの白皙の頬にさあっと赤みが走った。 「虎徹さん…それ、本当に…?」 虎徹は当たり前だろと唇を尖らせた。 「ネタでこんなことするかよ。俺は本気でお前の家族になりてえの。」 その言葉にバーナビーの眦から涙が零れた。 家族が欲しい。 それは孤独な半生を生きてきた彼の願いそのものだった。 今まで誰にも、虎徹にさえ言えずにいたささやかで切なる願い。 それを、彼は分かってくれていた…。 そう思うとバーナビーの胸が熱く締めつけられた。 「虎徹さん…嬉しい、です…。」 虎徹は俯いて涙を拭うバーナビーを抱きしめた。 微かに感じる身体の震えは嗚咽を堪えているのか。 虎徹は愛おしそうにその背を撫で、低く優しい声で言った。 お前の望みを一個叶えるなんていったけどさ。 俺はお前みたいな財力もねえし、ともに走る能力も4分は失くしちまった。 その上田舎には老いた母親と一人もんの兄貴、でっかい娘まで居る。 どう考えても不良物件だよな俺。 けどさ、こんな俺でよかったら家族になってくれよ。 俺、お前とこれからもずっと一緒に居たいんだ。 虎徹の言葉にバーナビーは眼鏡をずらして涙を拭った。 「それをいうなら、僕の方こそ相当な不良物件ですよ。」 世間知らずだし我儘だし短気だし。 料理も掃除もヘタくそでなにもしない方がマシな有様だし。 過去の記憶いじられて自分の経歴が本当かどうかも分からない。 こんな僕とずっと一緒にいようなんて思ってくれるのは 虎徹さんぐらいなものですよ。 それでもいいなら…こんな僕なんて丸ごと全部虎徹さんに差し上げます。 言っときますけど返品不可ですよ? いつもの自信に満ちた彼らしくもない己の蔑みように虎徹は苦笑した。 「そんなバニーちゃんも俺は好きなの。返品なんてしてやらないから覚悟しろ。」 その言葉にバーナビーは漸く笑顔を見せた。 「ありがとうございます。僕の一番欲しかった貴方の気持ち、確かに受け取りました。」 二人は互いに抱き合い、何度も何度もキスを交わした。 たくさんの愛と感謝を言葉に換えて伝えるために。 終り |
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