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拍手御礼ぶんぎりで小話/初期型ブンビーさん・ギリンマくん視点・捏造設定



"悪魔のような"

 ああ、もしもし……さん? どうも大変お世話になっております。おたくも景気が良いようで何よりです。…はい、そうそれ。そのお話でお電話。…さすが貴方は話が早い。
 
 だからさ。そんなに難しいことじゃあありませんよ。そこにある第18条3項。それから26条ね。調整事項はその二つだけだったでしょ? ……そうそう。貴方はきちんと読まれて、そうしてちゃんと理解されてるじゃないですか。短いつきあいじゃないんだし。分からないことはいつでも、いくらでも聞いてくださって結構ですよ……ええ、ではご心配ならちゃんともう一度読んでね、それで判子を。……はいはいお待ちしておりますよ、じゃ。

「だいたいうちの契約書は長いんだから」
 満足げな表情で椅子をこぎながら、貴方は言う。こういう案件では本当に手際が良い。あのおっかない上司の人だって、貴方のこういうところは呆れながらも認めているんじゃないかと、思う。
「まあ冗長な部分にいっぱしの法律家も落とし込むアリ地獄の罠が仕掛けてあるってわけですよ。ねえ。他ならぬ君が練りに練った文案だからね、そこらのバカじゃ相手になりませんよ」
 貴方の持っている契約書のドラフトには、さながら刃物で執拗に刻みつけたように、完膚無きまで至る所に朱筆を入れた。すべての文章の真意は入念に貴方に話してある。こちらの頭にある策はすべて、陥穽の場所も、誘い込むべき花道も、…こういう話をするときだけは、貴方も真剣な顔で、こちらをまっすぐ見返してくる。その真摯な目。緑の瞳。いつもそうであればいいのに、と何度思ったことだろうか。
 十分な時間を掛けて、もう一度契約書を読み返した後、――悪い感じに、…本当にあくどい、素敵な顔で、貴方は笑う。さりげなく賞賛を混ぜ込んでくるのはわざとなのか、何の二心もないのか、よく分からない。眼鏡で隠れるのを良いことに視線のみを上向けて貴方の表情を盗み見る。貴方はものの見事に真っ赤に染まった契約書のプリントアウトをを眺めながら、悦に入っているばかりだった。
 そこに押印しさえすれば、それはあたかも悪魔が差し出し、自らの血液のサインを求めにくるという魂の譲渡契約書のように、がんじがらめの陥穽に相手を誘い込む仕組みになっている。今やどんな恐ろしい呪いの文句も、妙なる祈りの言葉も、百枚一束の平凡な上質紙に、微細な黒い霧でしたためられるというのなら、そんな悪魔の契約書が、鰐口クリップに留められて安っぽい茶封筒に入っていても、何の不思議もありはしない。いっそ思い切り軽薄な道具立てこそ、人の心の移ろいやすさにも似た、まさに当世風の道具立てとも言うべきだ。
「まあ何にせよさ、明日来るって言わせたからね。…行くんじゃなくて来るの。すごいよね。まさに飛んで火にいる夏の虫。わざわざ食い物にされに来るんだから。……明日の打ち合わせには君も同席してね? 大丈夫、実務的な所以外は私がしゃべるからさ」

 二人してひっそりと企む悪巧み。陥れるターゲットなど誰でもいい。ただ、それが罠に落ちさえすれば。
 新興企業の若社長でも、やくざまがいのタヌキオヤジでも、なんでもきやがれ。きっと餌食にしてみせる。

 あのね、私はだから、君が欲しかったんだ、ギリンマくん。

 ふいに耳朶に寄せられた唇が、はっとするほど真摯な声で、そう囁いた。
(2008/3/6)
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