――『母として』―― 

 ##注意##

 ・このエピソードは本編に乗せられなかった隠れエピソードです。

※「休息する星達2」にて、香奈達と別れた後の咲音達のお話。



 香奈達と別れてから少し経って、咲音達は住宅街に差し掛かっていた。
 夕暮れが道を照らし、オレンジ色に染まる綺麗な風景が広がっている。

 その道の向かい側から、1人の女性が歩いてくる。
「あら?」
 その女性は、気付いたように歩み寄ってきた。

「朝山早百合さん……」

 隣で吉野がぽつりとつぶやき、顔を伏せる。
 片手に袋を提げていることから、どうやら買い物帰りらしい。

「久しぶりですね、吉野さん」
 やや無表情気味に、早百合は軽く会釈をした。
 咲音は彼女を見つめ、その能力によって彼女が何者なのかを知り、吉野との間に何があったのか理解した。
「そちらが、鳳蓮寺の人ですか?」
「ええ……朝山様、その節は本当に、申し訳ありませんでした…」
「貴方からの謝罪は充分に受け止めました。今は香奈も元気に生活していますし、それをぶりかえしたくないわ」
 そう言って早百合は、琴葉をおぶっている咲音へと歩み寄る。
 頭の先からつま先まで一瞥すれば、小さく息を吐いて微笑んだ。
「貴方が鳳蓮寺琴葉さんのお母さんですね」
「え、あ、はい……」
「琴葉さんのことは、香奈から聞いているわ。それで……少し付き合ってくれない? 2人きりで話がしたいの」
「え?」
 突然の申し出に戸惑うも、断ること理由も無い。
 彼女が自分に何を話したいか、分かってしまったからだ。



「急に呼びつけるようなことしてごめんなさいね」
「いえ……」
 近くの公園のベンチに腰掛けながら、早百合はおもむろに口を開く。
 咲音はただそれを黙って、聞くことしかできなかった。
「あの事件から、香奈はちょっと変わったわ……なんていうか、今までより少し元気になったっていうのかしら」
「……」
「誘拐されたり、大好きな幼馴染が危険な目にあったり……今までのあの子だったら、塞ぎ込んでもおかしくなかったと思う。きっと、琴葉さんに会ったこともあの子にとっていい影響があったんじゃないかなぁって思うのよね。今まであんまり話そうとしなかった夫とのことも、少し話すようになったのよ」
「え……」
 突拍子もない言葉に、咲音は言葉を失う。
 その瞳で見つめれば、相手の言葉の意味が分かってしまった。
「ごめんなさい。確か、分かっちゃうんだったわね……でもあんまり気にしないでいいわよ」
「でも、貴方の夫は……」
「……こればっかりは私たち夫婦の問題だし、貴方がどうこう言うことじゃないわ。それに秘密にしている事じゃないし……それに彼とは時々ちゃんと連絡を取っているわ。仕送りもしてもらってるし仕事も充実してるから生活に困ってないしね」
 早百合はそう言って力強く笑った。
 強がりだと、咲音は見て分かってしまう。

 仕事に家事……香奈が高校生になるまで、どれだけの苦労があったのだろう。
 考えるだけで恐くなってしまった。

「……どうして、そこまで頑張れるんですか?」
 恐る恐る、首を傾げながら尋ねる咲音に、早百合は強気な笑みで答えた。


「母親が娘より先に音を上げるわけにはいかないでしょ? あの子が大変なことに巻き込まれても頑張っているなら、私だって社会の荒波に呑みこまれるわけにはいかないじゃない。………なーんて、本当は、ただのカッコつけなのよ。娘の前くらい、立派な母親でいたいじゃない?」


「ぁ……」
「子供にとって、一番身近な大人って親なのよ。親の姿を見て子供は育つって思っているし……咲音さんも、分かるでしょ?」
「………申し訳ないですけど、私は……立派な人間じゃないんです……琴葉に誇れるなんて、とても………」
「ふふっ、おかしなこと言うわね」
「え?」
「私だって、”まだ”お母さん歴16年なのよ? 親って、子供と一緒に成長していくものでしょ」
「ぁ……」
 どこか自信のある微笑みと言葉に、咲音は思わず目を見開いた。
 早百合は小さく息を吐けば、満足したように腰を上げる。
「さて、話は終わりよ。今回は琴葉さんのお母さんが、どんな人なんだろうって思ったから話したかっただけだから……余計なことを言ったかもしれないけど、気にしないでね。あと、今回の件は済んだことだから、吉野さんと武田さんにもう謝らないでって言っておいてくれる? あの人達、きっと抱え込んじゃうタイプだろうし」
「分かりました」
「ありがとう。それと、今すぐには無理かもしれないけど、たまには娘さんと遊びに来ても構わないわ。お茶くらいは出してあげる」
「ありがとうございます」
「じゃあね咲音さん。またどこかのスーパーで」
 早百合は手を振って、公園を出て行ってしまった



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