櫂とミサキとモブ

先に言っておく。あたしは気の長い性格じゃない。
面倒だし関わりたいと思わないから口に出さないだけで、気に入らない事があればストレートに言うし時には手が出る事だってある。
誰かとつるむよりは一人でいる方が自分の時間が使えて好きだし、常日頃からそう思ってるせいで態度にも出るからか率先してあたしの隣りに立とうなんてヤツはいない。(学園であたしは番長だなんて呼ばれてるくらいだしね)
あたしの周りにいる人間はそんなあたしでもいいと思ってくれるやつらばかりだ。
けれど時々、空気の読めないやつが近付いてくる事もあって…
今はそのイレギュラーに非常にイライラしている。

「戸倉先輩!!」
「…またアンタなの」

ニコニコニコニコ。
何がそんなに楽しいのか笑顔をひっつけてあたしに声をかけてきたのは、名前を覚える気もない後輩の1年生。
まぁ残念な事にあたしの人よりも吸収力のいい頭はその顔も名前もしっかり覚えてしまっているんだけれど、彼女のせいで一人の時間が取れないから素直に名前を呼ぶのも癪に障る。
あたしの姿を見つける度に「戸倉先輩」「戸倉先輩」と…
アイチやエミちゃんが慕ってくれるのは純粋に嬉しい。あのキラキラした小動物のような目で見られると可愛らしくて「なに?」とついつい聞き返してしまうものだけれど、目の前の少女にはとても同じようには出来なかった。
それは多分紅葉のように色づいて、けどそれよりもくすんだ赤い瞳に、背筋がゾワゾワとする不快感を見ているからだと思う。
この少女は純粋にあたしの傍に居る訳じゃない。

「一緒に帰ってもいいですか?」
「あんた方向反対でしょ」
「わぁ!憶えててくれたんですか!?」
「毎日声かけてくれば嫌でも覚えるっつーの」
「でも私先輩のお店に行きたいので。方向一緒なんですからご一緒してもいいですよね?」

一応疑問形で終わらせてはいるけど、言い方は命令っていうか確定した言い回しになってる。
問答無用でついてくる癖にお伺いをたてようだなんて、…ああ、そう言えば雀ヶ森レンがそういう性格してたっけな。あいつも自分が言った言葉を否定されるなんて微塵も思ってない言い方をする。
自信を身にまとう人種はみんなこうなんだろうか。付き合わされる周りは疲れる話だ。

再三断っているのに毎日あたしの前に現れるこの図太さ。
ある意味で感嘆の声を上げてしまいそうだ。
もともとキツいと言われる目を鬱陶しさを隠さずに細めて、返事もせずに彼女を置いて歩き出す。
言い忘れていたが、あたしたちは靴を履き換えてからの昇降口で話をしてる。
あまり留まっていると他の生徒の迷惑になるから、今日ももう勝手にしてと言わんばかりに背中を向けた。

「ありがとうございます!」

無言を肯定と取ったんだろう。彼女は肩まであるふわふわの茶髪を靡かせながらあたしの後ろをついてきた。
当然だけど、カードキャピタルに着くまでの間、ペラペラと今日あった事を話す彼女に、あたしは反応しなかった。





あたしが彼女を鬱陶しく思う理由。その最たるものは、言いたくはないけれど嫉妬だ。
ストレートに言葉にする、と言ったけれどそのほとんどは悪態ばかり。
褒めたりなんだりというのは得意じゃないし、恥ずかしい。
照れて心にもない事を言う事の方が多いから、受けた好意に素直になれるのなんて年に何回あるのか…
考えた事もないし考えたくもないのに、この後輩の少女が現れてから素直になれない自分が気になって仕方なかった。
こんなあたしで本当に大丈夫なんだろうかって。

「戸倉?どうした」
「ひっっっ!?!?」

ひゃあ!と奇声を発しなかった自分を褒めてやりたい。
急にぬっと現れた櫂があたしの額に自分の額をくっつけて「熱でもあるのか」なんていつもの落ち着いた声で聞いてくる。
かぁっと瞬時に染まったあたしの頬の熱はあんたのせいだってーの!…言えないけど。
背中を反るように櫂から距離を取って「急にやるんじゃないよ!」と得意のアッパーを櫂の顎にぶちあてた。
「ぐっ」とうめく声がしてすぐさま蹲る櫂に「あっ」とあたしの声が重なる。

(またやった!)

櫂はレジで上の空だったあたしを心配してくれただけだ。
カウンターに置かれた櫂がもってたんだろう新作のパックがそれを物語ってる。
いつの間に店に来てたんだ…そんな事にすら気付かない程、あたしの頭の中はカードキャピタルの陳列棚でレアカードを珍しそうに眺めていた後輩に支配されていた。
(ああっもう!)何やってんのあたし!と焦る心でガタッと座っていた椅子から立ち上がって、痛みに蹲る櫂に謝ろうとした。
けれど。

「櫂さん大丈夫ですか?」

ごめんと謝るタイミングを外す。
タタッと軽快な足取りで近付いてきた後輩が櫂の傍に立って彼の背中に心配気に手を置いた。
覗きこむように顔を近づけて、それからあたしを見上げると冷たい目で嗤いながら、でも声には怒りを滲ませて「心配した彼氏に手をあげるなんて、先輩には失望です!」店内に響くような大きな声で言い放つ。
ああ。やっぱりこれが狙いだったか。
あたしについてここに来るようになってから、あんたの視線が邪魔だった。
櫂にまとわりつく、あんたの視線が邪魔だった。言葉が嫌だった。触れる手にイラついた。

だって櫂はあたしのなのに。あたしの櫂なのに。

誰にも触れられて欲しくない。誰の事もその目に映さないで欲しい。

こんな独占欲…あたしだって知りたくなかった。

後輩の言葉にざわつく店内。中にいるのは小学生や中学生ばかりだ。
純粋な彼らの目にあたしたちは今どんな風に映っているんだろう。傍から見れば悪役は確実にあたしなんだろうな。
見事罠に嵌められた気分が気持ち悪くてここから逃げ出したくてたまらない。
何より真っすぐ勝ち誇るような後輩の目が───嫌で嫌でたまらなかった。

「こんな人とは別れた方がいいですよ、櫂さん」
「あんたね…!」
「だってずっと見てましたけど、戸倉先輩ってクズとか平気でいっちゃうじゃないですか。しかも手まで出して。櫂さんにはもっと可憐で可愛らしい子の方が似合──」
「うるさい」

おしゃべりな声が低い低音に遮られる。
アッパー食らってまだ頭がくらくらするのかコメカミを軽く叩きながら立ち上がった櫂が、さっきの後輩よりも冷たい目で後輩を見下ろした。
見られていないのにあたしまでゴクリと緊張に唾を飲み込んでしまうから、目の前の彼女はこの比じゃないだろう。
ちらりと見た彼女は心なしかカタカタと体が震えてしまっている。

「それも含めて俺は戸倉が好きで、付き合っている。他人にとやかく言われる筋合いはない」
「で、でもっそれは、先輩しか知らないから言える事でっ、もっと、他にも目を向けたら──」
「黙れ」
「ひっ!」

あの目に晒されても頑張って対抗していたその精神力は、無鉄砲なのかなんなのか。
いっそ本当に感心しそうになる。しそうになるだけでしないけれど。
でも「さっさと帰れ。鬱陶しい」と櫂に切って捨てられて、粉々に砕け散った後輩はその目に涙を溜めながら、口をぎゅっと結んでお店から出ていった。
そこでやっと、あの子も恋をしてただけなんだなって思えて。悪い事をしたと、ちょっとだけ、思う。

「あんな言い方しなくたって」

どの口で言うんだって言葉が、あたしから零れる。自分でも嫌になるけどだって、あたしだって恋してるんだ。
心の中で密かに葛藤するあたしの耳に、去った後輩を目で追っていた櫂があたしに視線を合わせてきて。

「お前の悪口を言われたんだ。黙っていられる訳がないだろう」

真剣な瞳でそんな事を言われて、罪悪感の中に垂らされた甘さに酔わされてしまいそうだ。

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いただいたお題「打算的な誰か」で書いたもの。櫂に恋するモブを独占欲から敵視してる、初めての恋で余裕のないミサキさん。




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