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『わがままなゆかりちゃん-11-』






「いくわよちぇん!」

「は、はい紫様!」

「へぶんおあへる!」

掛け声と共に、紫は羽子板の羽を空高く放り投げ、そのまま落ちてきた羽を打とうとして大きく空振った。

「スラッシュ!」

「……藍、どうしたんだ急に」

「いえ、何だか言わなければいけないような気がして」

縁側で茶を啜りながら、観戦していた藍がいきなりガッツポーズで叫んだ事に、霖之助は怪訝な顔をした。
とりあえず自分も静かに茶を啜り、一息つく。

「あの……紫様」

「うぅ、なんでもないわよぉ。
 それよりもやるわねちぇん。このわたしからせんせいするなんて」

「いえ、私はまだ何も……」

「つぎはちぇんのばんよ。さぁ、はやくうちこんできなさい!」

右目の周囲に、墨で大きな丸を描かれた紫は、半ば涙目になってそう言った。
この分だと今年の初泣きもそろそろだなと、霖之助は思ったが口には出さなかった。

「いきますよーそれ!」

「なさけむよう!」

紫の羽子板はまた大きく空を切り、飛んで来た羽は紫の眉間へと綺麗に命中した。
霖之助として早々に勝負が決まる事を確信しながらも、やはり口には出さない。
ここで口に出してしまうと紫に追い打ちをかけてしまうようで忍びない。

「玉砕!」

「藍……だからさっきからなんなんだ」

「いえ、本当にこう言わなければいけないような気がして……」

お前は何を言っているんだ?
と言ってやりたいが、藍がそんな霖之助の言葉に耳を傾ける訳もないだろう。

「まだよ! まだゆかりはまけてないんだからぁ!」

既に大粒の涙をポロポロと流している姿が痛ましい。
大人気ないかもしれないが、本来ならすぐにでも割って入って、止めてやりたい。
だがこの勝負は紫が自ら言い出した事で、彼女の意思によって行われている。

それを止めるという事は、彼女の意思を否定するという事だ。
霖之助としても、できるだけ紫の意思は尊重したい。

「一方的じゃないか……」

「片方が勝っている勝負とは常にそう見えるものです」

「保護者的にそれはいいのかい?」

「無問題です」

「時々君がとんでもなく無慈悲に思えるよ」

庭の方では紫が連続でミスをして、また顔に墨を塗られているところだった。
紫の小さな顔は、もう墨を塗る場所がないぐらい黒くなっている。

正直な話、身長が低く、手足の短い紫にこの勝負は不利だろう。
怒りに任せ、後先を考えずに勝負を挑むからこうなる。

「紫、もういいんじゃないかな。
 その、勝負はついたようなものだし……」

「だめなのよおじさまぁ! ゆかりはあのどろぼうねこからおじさまをとりかえさないと!」

「いや、盗られた覚えはないんだけど」

「おじさまにあーんしていいのはゆかりだけなんだからね!」

「君にあーんをされる権利にも覚えはないんだけど」

「とにかくだめなの! おじさまはゆかりだけの……ゆかりだけの……
 うぅ、ゆがりだげのものなんだがらぁ!」

ついには羽子板をほっぽり出して泣きはじめた紫の姿を見て、
霖之助はついに心の底からいたたまれなくなった。

「泣かせましたね、店主殿」

「これが正月のめでたい席でなければ君の顔に墨を塗りつけているところだよ」

素知らぬ顔の藍を受け流し、紫のもとに駆け寄ってぽんと優しく手を置く。


「分かった紫、分かったから。そうだね、僕は君のものだ」

「……ほんとに?」

「本当に」

「えほんよんでくれる?」

「読んであげる」

「おトイレいっしょにいってくれる?」

「行ってあげる」

「ゆかりのすきなものつくってくれる?」

「作ってあげる」

「ゆかりとちゅーしてくれる?」

「あーそれは……まぁ、うん」

「してくれないんだぁ……ゆかりと……してくれないんだ」

泣き止みかけた紫の肩がまたわなわなと震え始めた。
不味い、これは不味い。ここでまた泣かせたら相当引きずる。
情け無用の天国か地獄か玉砕デストロイ泣き虫攻撃が始まってしまう。

「するよ、してあげるよ。君がちゃんといい子にしていればね」

「ほんと!? うん! するする! いいこにする!
 すききらいはあんまりしないし、おふろもいわれたらしかたなくいく!
 はみがきもそれなりにするし、よふかしもたぶんしない!」

「好き嫌いは無くして、お風呂には行けと言われたら行く。
 歯磨きは毎日して、夜更かしは絶対に駄目だ。守れるね?」

「まもるー!」

しゃがんだ霖之助の胸に笑顔で飛び込んでくる紫を受け止めてやりながら、
心の隅で「墨が混じった涙が僕の服に付くんだが」と思いつつも口には出さない。

「勝ち負けよりも大切なものを学びましたね、紫様」

「君は何もしていないだろう」

しれっとそんな風に言う藍にはもう半分諦めている。
故意でやっているように見せかけて、素でやっている可能性が否定出来ないところが怖い。

「とりあえずお風呂に行きなさい。今日一日その顔で過ごすのも嫌だろう?」

「フェイスペイントはおしゃれじゃないの?」

「君のそれはちょっと違うかな」

霖之助の胸から離れた紫の顔は墨でくしゃくしゃだ。
ついでに霖之助の服も墨でくしゃくしゃだ。

早い内に洗い流すのがいいだろう。早い内に自分の服も洗濯してしまいたい。

「あの、森近小父様……」

「ん、なんだい橙」

「いえ……その、なんでもないです」

顔を赤くしておずおずと自分の言おうとした言葉を飲み込み、
視線を背けてしまった橙を見て、霖之助は何かを悟った。
そして橙へと近づくと、彼女の頭に手を乗せワシャワシャと撫でてやった。

黒猫である事をアピールする小さな耳がモフモフしていて気持ちいい。
紫の細くて滑らかな金髪とはまた違ったさわり心地だ。

「よく頑張ったね、橙。君は体を動かすのが得意なようだ。
 元気の良い子も僕は好きだよ」

「あ、あにゃーん……あ、ありがとうございまふぅ……」

さっきよりも真っ赤になってうつむく橙に、霖之助は優しく微笑む。
何だかんだで勝ったのは橙だ、こうして褒めてやるぐらいしてやってもいいだろう。

「さて紫、じゃあお風呂に……」

「ゆるせない……ゆるせないわ」

「紫?」

ぶつぶつと紫が橙を見つめながら何か呟いている。
よく見てみれば怒っているように見えた。

「おじさまにナデナデされるのはゆかりのとっけんなのよぉ!
 それをこのどろぼうねこは!」

「え、えぇ!? 紫様! それはあんまりです! いいがかりです!」

「しゃらぁぁぁっぷ! またおこったわ! キレちまったわ! おくじょうにいきましょう!」

「屋上ってどこですか!?」

「もうでゅえるよ! でゅえるでけっちゃくよ!」

手足をバタバタさせながら、また怒りに火がついた紫が叫ぶ。
一方橙の方は困惑の色を隠せずに霖之助や藍の方を見て助けを求めていた。

「藍」

「なんでしょうか店主殿」

まるっきり振り出しに戻ってしまった現状を見て霖之助が藍に声をかける。

「無限ループって怖くないか?」



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