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余話・夏
屋敷端の湖面を渡る風も、幾らか涼しくなってきた、とある昼過ぎ。
ミーティングと称し、板敷きの大部屋へかき集められたのは十数名。突発的な召集をかけられた際に運悪く、或いは常勤で“本家”に在していた責任権限保持者のほぼ全員だ。
予定の無かった召集に、すわ何事ぞと、緊張漂っていたのは開始直後のみ。配られたコピー、読み上げられるその内容が時折やって来る上層部要請と知れれば、襲い来る睡魔を追い払う気怠い手扇に皆の意識は集中して行った。
遠く近くに流れ聞える年少組の楽し気な声も、恙無く進みだした意見交換を邪魔はしない。
はなから不真面目な者を除いては。
この半年ミーティングへの出席回数ゼロの美月乱である。
連続夜勤の退出間際を強制連行され、あからさまな不機嫌でだんまりを実行。今回の議長の好意から、日光眩い窓際最前席への着座を強いられての沈黙も、いい加減の限界らしい。
ぱたり、ぱたり。
邪魔そうに投げ出された足元が、不規則に床を叩く。ラバーソウル特有の重い靴音は、総身紅色で決めた暑苦しい議長の声の合間を埋めて、自然と忍び笑いがあちらこちらと溢れ出す。
そのくせ当の乱には、気付いた素振り無し。
意図せぬ妨害行動なのだろうと、生憎誰もが判っているのである。渡された書類一式へ片肘をつき、室内外問わずこの時季外されることも少ないサングラス越しに外を眺める欠いた協調性は、無害な孤立と同義でもあった。
但し、それをこそ気に入らない人間も居る。
「そこの銀色ォ!」
雄叫び一発。部屋はいきなりの暴言に凍りついた。
不参加に近い態度とはいえ、大人しくただ座っているだけの若者が、人との明確な差異である髪や睛を論われることを、何より嫌がっているのは周知の事実。過去幾度か逆鱗に触れた者は一方的な鉄拳制裁を喰らっている。
「あら嫌だわ、ちゃんと聞えてんのね」
暴威を知らぬわけのない議長その人・藤原由美は、顔ごと向けられた面前で仁王立ち。副議長の豪快な苦笑に止める気配も見られずに、憤慨の誇示は更に続いた。
「いいこと美月。周矢くん達の成否率は全てアンタの実績へ関わんのよ。建設的な意見を頂戴なんて難しいこと言ってんじゃないんだから、」
ゴンッと細い拳がホワイトボードを叩き、
「どの程度まで変異クラスを上げられるのか、同行者としての考えくらいは聞かせなさいよ」
「好きにしろ」
「あの子達が現状維持だと、嫌がろうが脅そうが、アンタ自身いつまでも最下クラスの補助役だってこともまだ判んないわけ? 馬鹿じゃないの」
「----礼斎に聞け」
「その遼からの、総体的な見直し要求」
由美は、数ページにも渡る要望書を音立てて振りかざす。
すればようやく、乱の視線がまともに注がれ、しかし再びの沈黙だ。
一段と眼を吊り上げた由美と、俄かに満ちる不穏の空気。
部屋は、同席者達の胃を絞るほどに静まり返り----
携帯電話が鳴り出した。
慌てて己が身を探るざわめきに、着信音はひっそりと止めば、全ての視線は窓際一等席へ。
「あ、いや、……ちょっと待って」
不意の連絡相手へ済まなさそうに告げ、席を立ったのは、乱。そして迷わず側らの窓枠に土足をかけた。
「アタシが今言ったこと、戻って来るまでにちゃんと考えときなさいよ」
と、打って変わった呆れた科白は挨拶代わり。
わずかに顧みた一瞬の後、床を蹴ったとも見えなかった乱の姿はきつい陽射に紛れて消えた。
「何か遭りましたかね」
釣られた幾人かが窓から身を乗り出せば、傍らからはそんな呟き。あの鉄面皮めと、由美の鼻息は荒い。
「どうせ内緒事よ。遼に報せてあげなくっちゃ」
と、部屋隅の電話から出る者の決まっている内線の二番を呼び出した。
「礼斎だ、」
するりと耳に入り込むテノールは、乱と大差無いぶっきらぼう。
「アタシよ。銀色呼び出した?」
「とっくに上がった」
「じゃなくて。ケータイ鳴ったわよ」
「話が見えん」
「ヤだわ、アンタも結構お馬鹿ね」
最高幹部の簡潔な疑問は、サンシャインレッドに艶光る唇を歪めて切り捨てて、
「待ち伏せてミーティングに引っぱって来たてやったのに。呼び出されてったのよ。お判りかしら?」
「ああ、よく判った、丁寧に有難う。いつの話だ」
「今に決まってんでしょ。予定行動?」
「忘れろ」
「はいはい。余計なことを耳に入れさせちゃったわね」
「何れ出てくる影響だ、その時の判断材料にでもするさ。で、捗ってるのか?」
「当り前じゃない、アタシが議長よ」
「……治さんの居る日にやり直せ。今日はもういい」
と、嘆息で打ち切られた業務連絡。それは、こちらの状況が筒抜けであるかのような引き際の良さ。
由美が受話器を取ったのが合図だった。一人、また一人と出席者は勝手気侭に席離れ、部屋を辞し、確認するまでもなく部屋は早々に副議長と二人きりの有様である。
暑さまだまだ厳しい昼下がり、上部要求を議論するにはやはり不向きであったらしい。
「ったくやる気の無い連中ね、どういう根性してんのよ」
「とか言いながら何処へ行くんすか。リーダー、」
「綾子のところでお茶してる。そっちの内線鳴らしてね」
ネイルアートも完璧な手を降って、由美がヒールの踵を打ち鳴らしながら去ってしまえば一人きり。
次はどう宥めすかして再召集の口実を作ろうか。
ぼんやりとそんな事を考えながら、三輪浩志は、風の吹き込む窓へと眼を逸らす。
身に染み入る蝉時雨。
元気一杯にはしゃぎまわる年少組の歓声が、少しばかり小憎らしい午後のことである。
+++ 【朔】より、ちっとも和みの無い日常風景の小咄でした(^^; +++