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 胡散臭く眺めていたつもりはない。
 ただ本当に、自分はまだ眼が覚めていないのだと思い込んでいただけだ。
 長い尾をゆうらゆらと振りつつ、大人しく座り込んでいる窓辺の白い猫。やがて名残の陽光もすっかり失せた頃、少年の無言に業を煮やした一声を上げた。

 にゃおん

 まるで猫そのもの。
 しかしタイラーは覚えている。耳にまだあるのだ。
 短くも立派な牙生えたその口から聞えた、紛う事なき人語の言葉を。

「----夢じゃないんだよ……な?」
「そうじゃのお」
「……ネコのくせに」
「ホホ。生憎と二足歩行はできんがな」

 よいこらしょ。
 と、まるで老体のような掛け声で、しかし身軽くベッドへ飛び移ってきた白猫。思わず逃げ腰になったタイラーに構うことなく、膝にちょこんと肉球を触れさせた。
 小さなその感触は、温かくて柔らかくて。
 振り払おうとした反射の手を引き込めば、金色の睛が、笑った、ように見えた。

「わしをお忘れかね」
「……しゃべるネコには、ちょっとオレ……」
「お前さんの村で会うたではないか」

 辺鄙な村が脳裏に湧いて、首振りかけた平々凡々を掠めた鮮やかな風景。
 まさかと、改めて見下ろした小さな獣。重なる印象は何もないはずなのに。

「あの……ヒゲのじいさま?」
「ご明察。今これからはお主の先生じゃぞ」
「----せんせい」
「いかにも」
「ネコだったんですか?」

 あまりに流暢に人語を操られ、言った自身に違和感もなくて。
 間を置かなかった呵呵の笑いが含む回答に、タイラーは途端に耳まで熱くなってしまっていた。

「よいよい、わしは魔法使いである。その無邪気もまた重要な部分じゃてな」

 程があるうっかりをそう退け、白猫曰くの「先生」は再び身軽に床へと飛び降り、歩き出す。閉められた扉の前で小さな頭が振り返り、

「ここを開けてくれんかな」
「あっ、はい!」

 押し開いた隙間からスルリと抜ける姿はやはり猫。しかし出でる言葉は確かにタイラーの理解へと届き、部屋から連れ出してくれるものだった。

「ほれ行くぞ」

 長い尾を立てるしなやかな歩みは、緩やかな曲線描く廊下をゆったりと進む。
 石と木の建物に馴染む仄かな灯火と、賑やかな気配。想像していた「魔法使いの居城」とは少し違う。不思議な匂いのする空気。
 幾度も角を曲がって階段を上り、石橋を渡った先は背の高い塔だった。
 また一段と強くなった匂い。決して不快ではないのに、妙に鼻につく。甘くもなく苦くもなく。嗅いだことのないその香りが何か、もう少しでイメージが湧きそうなところで、消えてしまった。
 ちょうど螺旋階段の天辺。行き止まりにして目的地。

「どうしたね」

 思わず足を止めて辺りを見回すタイラーを、猫先生はそう顧みる。
 頭上遥かの高みに窓がひとつ。月光降らす硝子はしかし閉じられている様子で、吹き込む風もなし。

「……何でもないです」
「言うてごらん」

 また変なことを言ってしまいやしないかと首振れば、猫先生は踊り場の真ん中に鎮座してしまった。
 あと数歩でその背後----石壁にデカデカとはめ込まれた木造の扉へ到着できるというのに。
 真直ぐに向けられた金睛と耳はタイラーの言を待つ姿勢。器用に体の前で振られる、長い尾っぽ。
 ここまで来ての通せんぼに戸惑った。
 そして、せんせい、と言葉を発しかけて、ああ、と思った。
 成りは不可解に猫であろうと、目の前の彼(?)は自分の先生なのだ。

 今日これから魔法使いになろうとするタイラーの。







+++ 「成せば成るかもしれないぼくら」より時系列無視な単発掲載第4弾 +++



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