Thank you Clap!!

※龍嫁8無配ペーパー


「……どうして俺がこんなところに」

 無地のパーカーにジーンズ。首に下げたカーンは紐ではなくネックレスチェーンで繋がれていて。周囲に溶け込むためとはいえ、大倶利伽羅にとって着慣れない平成ファッションは居心地がよくないようで。いつもスッとしている金の双眸がゆらり、ゆらりと左右に泳いでいる。

「伽羅ちゃ~ん、こっちだよ」

 薄い春色のシャツにサックスブルーのパンツを着こなした隻眼の美丈夫が手招きする。伊達眼鏡の影響だろうか、穏やかさよりも端正さが際立つ。
 狭い車道の端に建ち並ぶ工芸品や雑貨屋、酒にスイーツ店。石畳調の坂道をカップルが手を繋いで道の端を歩いていく様子を眺めながら、大倶利伽羅は燭台切光忠と拳一つ分だけの距離を取って、車道側を歩きはじめる。
 温泉街とは硫黄の香りがするものばかりだと思っていたが、訪れたこの場所から漂ってきたのは、甘いロールケーキの香りだった。

 発端は、本丸唯一の女性である主が、趣味の温泉旅行から帰って来た時だった。付き添い役だった加州清光がいつも以上につやつやした顔で、こんな土産話をしてくれた。

「ドクターフィッシュがやばい」

 主が「今回はペディキュアしないでね」って言ってたから何事かと思ったら。とその時の感想を事細かに語っていた。声を弾ませながら、肌を艶々させながら。
 それを偶然聞いた鶴丸国永が興味を持ち、太鼓鐘貞宗を連れて、伊達の刀四振りで遠征という名目で行ってみたい、と言い出したのがつい三日前。しかし、いざ出陣というところで鶴丸が歌仙兼定秘蔵の和菓子をつまみ食いした罪で厨の奥へ連行され、すると太鼓鐘が「二人で行ってきてくれ」とウィンクした。思わぬ形で二振りきりの遠征となったせいか、距離はいつもよりぎこちなく。目的地までは大倶利伽羅どころか光忠も口を閉ざし、手どころか肩が触れただけでもぴくりと互いに反応する始末だった。そう、もの凄く気まずいのだ。

 つい最近お互いの想いに気付き、二日前の夜に初めて体を繋げた二振りに、この状況は少々、気恥ずかしい。

「あ、ここかな?」

 光忠が指を差したその店には、『フィッシュスパ』という看板と、すりガラス越しの店からいくつもの水槽が目に映る。入口には蛍光色のポップでその『フィッシュ』について派手に宣伝していた。
 コイ目コイ亜科ガラ属の淡水魚、ガラ・ルファ。肌の古い角質まで食べる『ドクターフィッシュ』という俗称で有名な魚です。これでひび割れ角質ともさようなら!

「主や加州くんが好きそうな内容だね」
「あぁ」
「……入る? カップルばかりだけど」
「あいつらの文句は、耳に痛い」
「だね」

 ポップに似つかわしくない渋色の暖簾をくぐると、中年の男性が「らっしゃ~い」と少し雑な挨拶をしてこちらの応答も確認しないまま一息で説明した。
 その一、足に水虫や怪我をしている人(瘡蓋もだめ)は入れません。
 その二、まずは靴下を脱いで、膝までズボンを落ちないように捲ってください。
 その三、足を水槽前にあるホースで軽く洗って汚れを取ってください。
 その四、水槽には両足でゆっくりと入れてください。魚がびっくりします。

「今日は空いてますんで、ゆっくりでいいですよ」

 料金を払い、裸足でひたひたと進むと、ヒノキできた出来た足湯式の水槽がずらりと並んでいて、数組のカップルが黄色い声をあげながら足を突っ込んでいる。足先に大量の黒い魚が群がっているのが水槽越しに見えて、どちらともなく息を呑んだ。

「……あれに食われるのか」
「だ、大丈夫! 主も加州くんも大丈夫だったんだから」

 励ます光忠の言葉端も震えていて、パーカーの裾をしっかりと握っている伊達男に、少しだけ肩の力が抜けた。

「行くぞ」
「あっ、ちょっ、と!」

 空いている水槽の角側に座ると、裾を握ったままだった光忠もつられて隣に座り、水槽の縁に膝を立てる。透明な水槽の中には、小指ぐらいの大きさをした黒い魚が数十匹、何事もなく悠々と泳いでいる。これだけ見ていると、夏祭りの金魚すくいのような光景だ。

「……入れるぞ」
「あ。……うん、いっしょに、ね?」

 店員に言われた通りに、ゆっくりと、水槽に両の足をつける。爪先から水槽の上に波紋が揺れ、優雅に泳いでいた魚たちが、一直線に足先へと向かってくる。

「わっ、わ……!」
「!」

 魚の動きやすい水温はやや温く、水の浸かった場所から魚が次々となだれ込み、犇めき合いながら足のいたるところで口を動かしている。脛から踝、踵、足の指の先から間まで頭から突っ込まれ、食されている。背筋がぞくぞくと震え、足先がぴくぴくと擽ったさで震えてくる。ただ……

「ひっ、ぅ……だ、だめ、くすぐっ、ひゃぁ! ぁ、足の、間はやめて、ん!」

 どうやら、魚たちは光忠の角質の方が好みらしい。店員の「足はゆっくりと。魚がびっくりするので」という言いつけを律義に守り、足を引き抜くのを必死になって堪えている。
 時折、ぴく、ぴくんと体を震わせながら、我が物顔で蹂躙する魚たちにされるがまま、白い足が水の中で控えめに喘ぐ。

「っぁ、なんで伽羅ちゃんの方に行かないの!? ちょっと!」
「古い角質が多いんじゃないのか?」
「えっ、納得いかない!」

 体はいつも綺麗にしてるのに! と伊達男が頬を膨らませる。ぎこちないやり取りをしていた往路よりも、光忠の表情は豊かになっていて、内心安堵する。
 気恥ずかしそうに視線から逃げる顔も好きだったが、やっぱり光忠は自分よりも表情豊かな方がもっと好きだ。魚の刺激に多少慣れてきたのか、ゆらゆらと水中で足を動かす恋人につられて、こちらの頬も弛んだ気がした。



「あ、ちょっと育った子もいるって」

 数分後、すっかりフィッシュスパの感触に慣れた光忠に手を引かれ、手のひら大の魚がいる水槽に足を入れてみると、今度は大倶利伽羅の方へ群がってきて、先ほどよりも多くな口で親指の先を齧られ、早々にあまり来ない小魚エリアへ戻ったのは、また別の話である。






Twitter: https://twitter.com/kasugaya14
pixiv: https://www.pixiv.net/member.php?id=2318400




ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
お名前
メッセージ
あと1000文字。お名前は未記入可。