-Friendship Mirage-
サンプル
「……チッ」
舌打ちしつつ、盾の中からベレッタＭ９２を取り出したほむらは手慣れた所作で安全装置のロックを解除すると、魔女へ向かって続け様に三発銃弾を放ち、即座に地を蹴った。
９ミリパラベラム弾は腹に二発、それに頭部――と思わしき部位に間違いなく命中したものの、この程度で倒せる相手なら魔法少女の仕事も楽で良い。小柄で一見愛らしい魔女の身体は跳ねるように転がりながら……爆ぜ、膨れ上がる。
「やっぱり銃撃だけでは、無理ね」
わかっていた事だ。この魔女とは何度も戦っている。魔女の中でも極めて強力だということも、知っている。
水玉模様のファンシーな床を駆け抜け、散乱している様々な菓子状の物体を踏み潰す。ケーキの山を一っ飛び、キャンドルの街路樹をマシンガンの掃射で薙ぎ倒し、巨大化した魔女へと迫る。黒いナマズのような体に、こちらを小馬鹿にしているような顔と鋭利な牙だらけの大口は、ほむらにとって嫌悪と憎悪の象徴だった。
この魔女に、何度も殺されたのだ。ほむらの恩人であり、魔法の師でもあり、また識り得る限り技量も経験もおそらく最強と呼べるであろう一人の魔法少女が。
しかし湧き上がる激情は、今と異なる世界で殺された恩師の仇であるからとそれのみに向けられたものではない。
奥歯を噛み締め、盾に手をかける。
油断はしない。容赦もしない。感情に流されることなく、ただ怜悧に、冷徹に、自分の能力を余すことなく使いこなし、この哀れな災禍の主を討滅する。
「これで……お終いよ」
カチリ、と機械的な音が響いた。
ほむらが盾の裏にある砂時計の流れを止めた瞬間、魔女の動きも停まっていた。魔女だけでなく、使い魔も、揺らめいていたキャンドルの灯まで、ほむら以外の世界は完璧に動きを止め、静止していた。その中を一人跳躍し、大きく開けられた魔女の口目掛けて盾から取り出した無数の爆弾を投擲する。永いループの間研鑽に研鑽を重ねて作り上げたほむら手製の逸品だ。単純な破壊力は軍用のものにすら勝るとも劣らないと自負している。
「――さようなら」
それは誰に向けられた別れの言葉だったのか。
再び、カチリ。砂がまた落ち始め、時間が動き出す。
ほむらの姿を見失ったらしい魔女が滑稽な仕草で頭を動かすその中で爆発物が燃焼、凄まじい高圧エネルギーが発生し、魔女の頭を二倍にも三倍にも膨張させてから、爆ぜさせた。
まさに粉々。木っ端微塵だ。
魔女の欠片が結界内に降り注ぎ、その中心にはグリーフシードが転がっている。お菓子まみれの甘ったるい結界も、間も無く消えて無くなるだろう。
だがそれにしても、ほむらには気懸かりだった。
（おかしい……この魔女が現れるには、早過ぎる）
ループごとに数日のズレはあるものの、これまでの統計から今倒した“お菓子の魔女”が出現するのは、いつもなら一週間は後の出来事のはずだった。こんなにも早く遭遇したのは、初めてだ。
（時間のズレが大きい。もしかすると、イレギュラーな時間軸なのかも知れないわね。……面倒な）
イレギュラーな時間軸にはろくな思い出が無い。想定外の事態に対処し損ねて、情けなくも醜態を晒した苦い記憶が脳裏を過ぎった。
とは言え、安堵している部分もあるのだ。
（……でも、これで“あの人”はきっと死なずに済む。……彼女の戦力は、惜しいもの）
理屈と言い訳だらけの思考に、我ながら辟易とする。それでも、自己嫌悪などとうに今さらだ。冷えきった鉄面皮には自嘲の笑みすら浮かびやしない。
グリーフシードを拾いつつ、長い鴉羽の黒髪を鬱陶しげに手でかき上げてほむらは嘆息し――視界の端に映った人影を見て、ようやくその存在を思い出した。
強敵との戦闘と、時間の大幅なズレを気にするあまり敢えて意識から外しておいたのだ。
今回の、最大の想定外(イレギユラー)を。
「あ、……あ、あ……な、なに？ 今の……いったい、何が起こって……え？」
腰が抜けてしまっているのか、尻餅を突いたまま立ち上がることも出来ず、ガタガタと全身を震えさせている。妙にしおらしい表情はなんとなく珍しい気がしてもうしばらくこのまま放っておきたいだなんて邪念も浮かんだが、ほむらは無言のまま近付くと引き起こすべく手を差し伸べた。
「う……あ、あんた……、え？ あんたが、……やっつけたの？ あの変なお化け……、なんで？ どうやって……」
つい先程、突然魔女などという怪物の結界に囚われ、殺されかけた少女の反応としては至極真っ当なものだろう。
今は怯えきっているが、明朗で活発そうなショートカットのよく似合う容姿は、ほむらにとっては見慣れたものだ。
思わず、溜息が漏れた。
自分は相手をよく知っているのに、相手はこちらのことを何一つ知らないという奇妙な関係にはとうに慣れているが、魔法少女に関していったいどう説明すべきか、或いは誤魔化して立ち去るべきか、目の前の少女への対応は毎回毎回頭を悩ませてくれる。下手なことを言ってしまえば、その時点で彼女自身のみならず、周囲へ与える影響も甚大だ。
はっきり言ってしまえば、目の前の少女はほむらにとって様々な意味で非常に面倒な相手だった。
いっそ、助けずに見捨てておいた方が良かったのかも知れない――などと、そんな考えが忌避感無く浮かんでくる自分の壊れぶりに幾らかの疲労を覚えつつも、ほむらは少女を立ち上がらせると一拍間を置き、もう一度髪をかき上げた。
「危なかったわね。……今、貴女を襲ったのは“魔女”と呼ばれる存在。あらゆる生命に災禍をもたらし、絶望を撒き散らす、……化物よ」
おとぎ話の世界に放り込まれてしまったかのようにポカンと口を開けて聞き入っている少女へ、どこまで話しておくべきかほむらはまだ迷っていた。しかしここで話さずとも、どうせすぐに学校で顔を合わせる羽目になるのだ。教室で無用に騒ぎ立てられるよりは、今のうちにある程度の事情は話しておいた方が良いかも知れない。
「そして私は……魔女と戦う、“魔法少女”と呼ばれる者」
ひとまず簡単に魔法少女と魔女、そしてその危険性を説いておき、これ以上関わり合いにはならないようそれだけでも言い含めておこう――と、そう決めたほむらの前で、少女はようやく開けっ放しだった口を閉じ、まだ微かに震えていた膝を両手で勢いよく叩いてから深呼吸すると、改めて言葉を吐き出した。
「あっ、あの！ ……あの、さ」
「……なに？」
「なに言ってるのかよくわかんないけど、……うん。あなたが、えーと、あの、魔女？ を倒して、あたしを助けてくれたんだってことは、わかった。だから……ありがとう！」
そう言って、笑顔で手を握り締めてきた少女の温度に懐旧の情が湧きそうになるのをほむらは咄嗟に堪えた。やはり名乗らず距離をとるべきだったかと後悔しても、もう遅い。
蒼い空を想起させる、溌剌とした笑顔。
自分にそれが向けられたのは、果たしていつ以来か。
（もうずっと険悪なままだったから……こうして正面からこの娘の笑顔を見たのなんていつぶりか、思い出せないわね）
だからといって特に感慨など湧いてはこない。ただ少し、ほんの少しだけ懐かしくて握られた手を振り解けずにいたほむらに、少女はもう一度深く頭を下げると、
「あたし、美樹さやか」
よく通るクリアな声で自らを名乗った。
けれどそれも知っている。ほむらは何度も聞いている。
そして自分も、何度も、名乗る。
「私は……、……ほむら。暁美ほむらよ」
途端、さやかは目を見開いて感激を露わにした。
「うわっ、なんか……すごい、かっこいーね、名前。悪と戦う正義の魔法少女？ らしいっていうか」
「……ありがとう」
この名前をそう褒められるのは、幾分複雑で、また照れ臭くもあったが、やはり嬉しい。
そんなほむらの様子から、対応に困っていると思ったのかさやかはややバツが悪そうに手を放した。
「あー、色々と聞きたいというか、知りたいけど……でも、そういうのって、やっぱり話せなかったり、する？」
「……少しくらいなら構わないわ。……美樹さやか、さん」
真相に迫る部分は、どうせ話しても無駄なのだ。未来の事なんて誰も信じてはくれない。無条件にほむらを信じてくれる人間なんて、この時間には一人もいないのだ。だから、真相以外のことをいつものループ通りに教えれば良い。多少イレギュラーな事はあっても、そこは変わらない。
「場所を変えましょうか。近くの、公園にでも――」
「“さやか”」
「……え？」
踵を返し、移動しようとしていたほむらの手をもう一度掴まえ、さやかは僅かに躊躇った後、ニッと笑った。
「“さやか”、でいいよ。その替わり、あたしもあなたのこと、“ほむら”って呼んでいい？ なんかその名前の響き、気に入っちゃったって言うか……」
不意打ち、だった。
彼女の――さやかの口から自分の名前が飛び出すのが本当に久しぶりすぎて、ほむらは咄嗟に返事が出来なかった。その反応をマイナスに受け取ったのか、
「……ごめん。ちょっと、馴れ馴れしかった？」
「！ いいえ、そういう……わけじゃ」
謝られても余計反応に困ってしまう。やもすれば突拍子もないことを口走ってしまいそうで、ほむらは無愛想に黙るしかなかった。それを見て、再びさやかが怖ず怖ずと問う。
「あっ、それとも……やっぱり、あれかな」
「？」
「年上を呼び捨てにするのって、抵抗ある？」
最初、何を言われたのかわからなくてキョトンとしていたほむらはやがて言葉の意味に気付き、憤然と歩き出した。
確かに、背は高くはない。色々と足りない部分も多い。予備知識も無く容姿だけで判断すればそうなってしまうかも知れない。かも知れない……が。
「あれ？ ちょっと、おーい、ほむらー」
追いかけてくるさやかを引き離すように、ほむらは歩調を速めた。けれど悲しいやら悔しいやら、さやかの方が歩幅は上なのですぐに追いつかれてしまう。
「ちょっと、待ってよ。なにかあたし、気に障るようなこと言っちゃったりした？ え、と。……うぅ」
「……同い年よ」
ボソリと、と独りごちるように漏らしてから、ほむらは自分の子供っぽさをこれも随分と久々に思い知らされた気がして渋面した。どうも調子が狂う。やはりこの時間はイレギュラーなようだ。
一方、さやかは暫し黙考していたかと思うと、ややあってから『えっ、ウソぉおッ！？』という驚愕の声を、魔女に襲われた時の悲鳴よりも大きく周囲に響き渡らせた。
舌打ちしつつ、盾の中からベレッタＭ９２を取り出したほむらは手慣れた所作で安全装置のロックを解除すると、魔女へ向かって続け様に三発銃弾を放ち、即座に地を蹴った。
９ミリパラベラム弾は腹に二発、それに頭部――と思わしき部位に間違いなく命中したものの、この程度で倒せる相手なら魔法少女の仕事も楽で良い。小柄で一見愛らしい魔女の身体は跳ねるように転がりながら……爆ぜ、膨れ上がる。
「やっぱり銃撃だけでは、無理ね」
わかっていた事だ。この魔女とは何度も戦っている。魔女の中でも極めて強力だということも、知っている。
水玉模様のファンシーな床を駆け抜け、散乱している様々な菓子状の物体を踏み潰す。ケーキの山を一っ飛び、キャンドルの街路樹をマシンガンの掃射で薙ぎ倒し、巨大化した魔女へと迫る。黒いナマズのような体に、こちらを小馬鹿にしているような顔と鋭利な牙だらけの大口は、ほむらにとって嫌悪と憎悪の象徴だった。
この魔女に、何度も殺されたのだ。ほむらの恩人であり、魔法の師でもあり、また識り得る限り技量も経験もおそらく最強と呼べるであろう一人の魔法少女が。
しかし湧き上がる激情は、今と異なる世界で殺された恩師の仇であるからとそれのみに向けられたものではない。
奥歯を噛み締め、盾に手をかける。
油断はしない。容赦もしない。感情に流されることなく、ただ怜悧に、冷徹に、自分の能力を余すことなく使いこなし、この哀れな災禍の主を討滅する。
「これで……お終いよ」
カチリ、と機械的な音が響いた。
ほむらが盾の裏にある砂時計の流れを止めた瞬間、魔女の動きも停まっていた。魔女だけでなく、使い魔も、揺らめいていたキャンドルの灯まで、ほむら以外の世界は完璧に動きを止め、静止していた。その中を一人跳躍し、大きく開けられた魔女の口目掛けて盾から取り出した無数の爆弾を投擲する。永いループの間研鑽に研鑽を重ねて作り上げたほむら手製の逸品だ。単純な破壊力は軍用のものにすら勝るとも劣らないと自負している。
「――さようなら」
それは誰に向けられた別れの言葉だったのか。
再び、カチリ。砂がまた落ち始め、時間が動き出す。
ほむらの姿を見失ったらしい魔女が滑稽な仕草で頭を動かすその中で爆発物が燃焼、凄まじい高圧エネルギーが発生し、魔女の頭を二倍にも三倍にも膨張させてから、爆ぜさせた。
まさに粉々。木っ端微塵だ。
魔女の欠片が結界内に降り注ぎ、その中心にはグリーフシードが転がっている。お菓子まみれの甘ったるい結界も、間も無く消えて無くなるだろう。
だがそれにしても、ほむらには気懸かりだった。
（おかしい……この魔女が現れるには、早過ぎる）
ループごとに数日のズレはあるものの、これまでの統計から今倒した“お菓子の魔女”が出現するのは、いつもなら一週間は後の出来事のはずだった。こんなにも早く遭遇したのは、初めてだ。
（時間のズレが大きい。もしかすると、イレギュラーな時間軸なのかも知れないわね。……面倒な）
イレギュラーな時間軸にはろくな思い出が無い。想定外の事態に対処し損ねて、情けなくも醜態を晒した苦い記憶が脳裏を過ぎった。
とは言え、安堵している部分もあるのだ。
（……でも、これで“あの人”はきっと死なずに済む。……彼女の戦力は、惜しいもの）
理屈と言い訳だらけの思考に、我ながら辟易とする。それでも、自己嫌悪などとうに今さらだ。冷えきった鉄面皮には自嘲の笑みすら浮かびやしない。
グリーフシードを拾いつつ、長い鴉羽の黒髪を鬱陶しげに手でかき上げてほむらは嘆息し――視界の端に映った人影を見て、ようやくその存在を思い出した。
強敵との戦闘と、時間の大幅なズレを気にするあまり敢えて意識から外しておいたのだ。
今回の、最大の想定外(イレギユラー)を。
「あ、……あ、あ……な、なに？ 今の……いったい、何が起こって……え？」
腰が抜けてしまっているのか、尻餅を突いたまま立ち上がることも出来ず、ガタガタと全身を震えさせている。妙にしおらしい表情はなんとなく珍しい気がしてもうしばらくこのまま放っておきたいだなんて邪念も浮かんだが、ほむらは無言のまま近付くと引き起こすべく手を差し伸べた。
「う……あ、あんた……、え？ あんたが、……やっつけたの？ あの変なお化け……、なんで？ どうやって……」
つい先程、突然魔女などという怪物の結界に囚われ、殺されかけた少女の反応としては至極真っ当なものだろう。
今は怯えきっているが、明朗で活発そうなショートカットのよく似合う容姿は、ほむらにとっては見慣れたものだ。
思わず、溜息が漏れた。
自分は相手をよく知っているのに、相手はこちらのことを何一つ知らないという奇妙な関係にはとうに慣れているが、魔法少女に関していったいどう説明すべきか、或いは誤魔化して立ち去るべきか、目の前の少女への対応は毎回毎回頭を悩ませてくれる。下手なことを言ってしまえば、その時点で彼女自身のみならず、周囲へ与える影響も甚大だ。
はっきり言ってしまえば、目の前の少女はほむらにとって様々な意味で非常に面倒な相手だった。
いっそ、助けずに見捨てておいた方が良かったのかも知れない――などと、そんな考えが忌避感無く浮かんでくる自分の壊れぶりに幾らかの疲労を覚えつつも、ほむらは少女を立ち上がらせると一拍間を置き、もう一度髪をかき上げた。
「危なかったわね。……今、貴女を襲ったのは“魔女”と呼ばれる存在。あらゆる生命に災禍をもたらし、絶望を撒き散らす、……化物よ」
おとぎ話の世界に放り込まれてしまったかのようにポカンと口を開けて聞き入っている少女へ、どこまで話しておくべきかほむらはまだ迷っていた。しかしここで話さずとも、どうせすぐに学校で顔を合わせる羽目になるのだ。教室で無用に騒ぎ立てられるよりは、今のうちにある程度の事情は話しておいた方が良いかも知れない。
「そして私は……魔女と戦う、“魔法少女”と呼ばれる者」
ひとまず簡単に魔法少女と魔女、そしてその危険性を説いておき、これ以上関わり合いにはならないようそれだけでも言い含めておこう――と、そう決めたほむらの前で、少女はようやく開けっ放しだった口を閉じ、まだ微かに震えていた膝を両手で勢いよく叩いてから深呼吸すると、改めて言葉を吐き出した。
「あっ、あの！ ……あの、さ」
「……なに？」
「なに言ってるのかよくわかんないけど、……うん。あなたが、えーと、あの、魔女？ を倒して、あたしを助けてくれたんだってことは、わかった。だから……ありがとう！」
そう言って、笑顔で手を握り締めてきた少女の温度に懐旧の情が湧きそうになるのをほむらは咄嗟に堪えた。やはり名乗らず距離をとるべきだったかと後悔しても、もう遅い。
蒼い空を想起させる、溌剌とした笑顔。
自分にそれが向けられたのは、果たしていつ以来か。
（もうずっと険悪なままだったから……こうして正面からこの娘の笑顔を見たのなんていつぶりか、思い出せないわね）
だからといって特に感慨など湧いてはこない。ただ少し、ほんの少しだけ懐かしくて握られた手を振り解けずにいたほむらに、少女はもう一度深く頭を下げると、
「あたし、美樹さやか」
よく通るクリアな声で自らを名乗った。
けれどそれも知っている。ほむらは何度も聞いている。
そして自分も、何度も、名乗る。
「私は……、……ほむら。暁美ほむらよ」
途端、さやかは目を見開いて感激を露わにした。
「うわっ、なんか……すごい、かっこいーね、名前。悪と戦う正義の魔法少女？ らしいっていうか」
「……ありがとう」
この名前をそう褒められるのは、幾分複雑で、また照れ臭くもあったが、やはり嬉しい。
そんなほむらの様子から、対応に困っていると思ったのかさやかはややバツが悪そうに手を放した。
「あー、色々と聞きたいというか、知りたいけど……でも、そういうのって、やっぱり話せなかったり、する？」
「……少しくらいなら構わないわ。……美樹さやか、さん」
真相に迫る部分は、どうせ話しても無駄なのだ。未来の事なんて誰も信じてはくれない。無条件にほむらを信じてくれる人間なんて、この時間には一人もいないのだ。だから、真相以外のことをいつものループ通りに教えれば良い。多少イレギュラーな事はあっても、そこは変わらない。
「場所を変えましょうか。近くの、公園にでも――」
「“さやか”」
「……え？」
踵を返し、移動しようとしていたほむらの手をもう一度掴まえ、さやかは僅かに躊躇った後、ニッと笑った。
「“さやか”、でいいよ。その替わり、あたしもあなたのこと、“ほむら”って呼んでいい？ なんかその名前の響き、気に入っちゃったって言うか……」
不意打ち、だった。
彼女の――さやかの口から自分の名前が飛び出すのが本当に久しぶりすぎて、ほむらは咄嗟に返事が出来なかった。その反応をマイナスに受け取ったのか、
「……ごめん。ちょっと、馴れ馴れしかった？」
「！ いいえ、そういう……わけじゃ」
謝られても余計反応に困ってしまう。やもすれば突拍子もないことを口走ってしまいそうで、ほむらは無愛想に黙るしかなかった。それを見て、再びさやかが怖ず怖ずと問う。
「あっ、それとも……やっぱり、あれかな」
「？」
「年上を呼び捨てにするのって、抵抗ある？」
最初、何を言われたのかわからなくてキョトンとしていたほむらはやがて言葉の意味に気付き、憤然と歩き出した。
確かに、背は高くはない。色々と足りない部分も多い。予備知識も無く容姿だけで判断すればそうなってしまうかも知れない。かも知れない……が。
「あれ？ ちょっと、おーい、ほむらー」
追いかけてくるさやかを引き離すように、ほむらは歩調を速めた。けれど悲しいやら悔しいやら、さやかの方が歩幅は上なのですぐに追いつかれてしまう。
「ちょっと、待ってよ。なにかあたし、気に障るようなこと言っちゃったりした？ え、と。……うぅ」
「……同い年よ」
ボソリと、と独りごちるように漏らしてから、ほむらは自分の子供っぽさをこれも随分と久々に思い知らされた気がして渋面した。どうも調子が狂う。やはりこの時間はイレギュラーなようだ。
一方、さやかは暫し黙考していたかと思うと、ややあってから『えっ、ウソぉおッ！？』という驚愕の声を、魔女に襲われた時の悲鳴よりも大きく周囲に響き渡らせた。