『もはやネギまですらないただのロボット的な何か』 【1】
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麻帆良学園の地下に巨大な空洞──あるいは地下溝──が広がっていることを知る者は少ない。
学園最高責任者である近衛近右衛門ですら、全貌を把握していない地下深くの片隅、その場所はあった。
「うぐぐぐ……!」
「ずいぶんとご機嫌斜めだナ、エヴァンジェリン?」
「当たり前だっ!!」
麻帆良一の天才にして屈指の危険人物・超鈴音が地下にいくつも持つラボラトリ。隠れ家じみたその空間のひとつで、エヴァンジェリンがあてがわれたソファの上でくだを巻いていた。
愚痴の聞き手はもちろん部屋の持ち主である超鈴音だ。スタンモードの光剣(スパッド)を受け、内蔵する電子機器を焼き尽くされ作業台に横たわる茶々丸を修理しながら、言葉を交わしていた。
「もうちょっと今の茶々丸なら頑張れると思ったんだがネ。まさか一撃とは。さすがは剣聖剣技の使い手といったところかナ?」
「貴様……超! どうして長谷川のことを黙っていた! 茶々丸に聞いたぞ、あいつと通じていたとはどういうことだ!?」
「あなたが聞かなかったからだヨ」
「ぐくっ。だ、だからと言って……」
「ついでに言うなら、茶々丸がついていたことだし、まさか彼女と喧嘩するとは思ってなかたネ」
超からしてみれば、こんなことで責められても困るのだ。
千雨との関係は、秘匿を含めた完全なる利害関係によって成立している。彼女がエストなど自分の持ちうる『力』のメンテナンスを超に託す代わりに、超はジョーカー星団の高度に進んだ科学力を研究し、自分のものとすることができる。そういうギブ・アンド・テイクがあるのだから、エヴァンジェリンに話さなかったのも当然なのだ。
「私が負けると思っていたのか!」
「事実、負けただロ」
「あ、あれは……」
「完膚無きまでに、と言っていいはずネ。手加減してもらえなかったら、茶々丸は木っ端微塵になって修理もできなかったと思うヨ。当然そのときあなたもタダでは済まなかったはず……!」
返す言葉もない。傲岸不遜という言葉に下着とキャミソールを着せたようなエヴァンジェリンの顔が、ゆっくりと俯いていく。
「正直言って、この麻帆良で本気を出した彼女に勝てる存在はほぼいないネ。高畑先生だって、まともにぶつかり合ったらそう長い時間はもたないだろうナ」
「じゃあ、どうすればいいのだ! あいつを避けて、逃げて、こそこそしていろとでも!?」
「真逆」
超の表情が劇的に変化する。口元に浮かんだのは、凄絶な笑みだった。
「ほぼ、と私は言ったはずネ?」
「……たしかに」
「そう、長谷川に……『騎士(ヘッドライナー)』に勝てる者は、世界を見渡してもほぼいない。だが、数少ない例外はあるヨ」
「そいつの力を借りろと?」
「いやいや、必要ないネ。なぜならその例外とはエヴァンジェリン、アナタのことダ」
「なにっ!?」
顔を上げる。幼げな顔立ちに、隠せないほどの期待と満足感をみなぎらせたその瞳は、子供そのもののようにキラキラと輝く。しぼみかけていた『最強の魔法使い』やら『伝説の魔王』やら、彼女が六百有余年のあいだ脈々と気付いてきたプライドが、むくむくと頭をもたげてきたのだ。
そんなエヴァンジェリンの内心の変化を、超は見逃さないとばかりたたみ掛ける。
「フルスペックのアナタであれば、魔法による身体強化と吸血によるブースト、それにあなたオリジナルのあの『禁呪』を併用することで、長谷川に抗することも可能だヨ。もちろん、そのときには私も全力であなたをサポートすることを約束するネ」
「本当なのか?」
「私は嘘はつかないヨ」
そして心の中で、ただし知ってることを全部口にしたりはしないけどナ、と付け加える。
「なんでもいい! 本当に、本当に奴を倒せるのか? この私が!」
「保証するネ。だが……生身では少々難しいヨ」
「……どういう意味だ?」
リベンジへの期待をくじかれたのか、一気にエヴァンジェリンの表情が寒々しいものへと変わった。そんな彼女をなだめるように、ぽんと片手を肩を置く超。
「彼女には……長谷川千雨という相手は、ファティマ・エストが鍛えた超一流の騎士ネ。この世界においては奇跡とも言える存在ヨ。あなたが熟練の、そして最強クラスの魔法使いであることは疑いないガ、彼女の持つエストゆずりの剣技と体術の前には、ほぼすべての攻撃魔法は無意味ダ」
なぜなら、避けるからだ。
騎士の反応速度は、魔法という攻撃の発動を見切り、対応することができる。魔法を使う者の速度とはまったく無関係の問題だ。魔法というものが発動するまで絶対に必用なタイムラグ。それがあるゆえに、騎士との超高速戦闘において攻撃魔法の存在は無用の長物となってしまうのだ。
その言い分には、エヴァンジェリンもすぐ思い当たる。だがそれを素直に認めてしまうには、六百歳という年齢が少々邪魔をした。
「ならば超! 体術だけの私があいつに劣るとでも言うのか!」
「段平と素手とで比べたら、同じ速度の場合どう考えても先に届くのは刃のほうヨ?」
「クッ……ま、まぁ私は手足も短いしな!」
「そこまで自虐的になることもないと思うガ……」
実際、へそを曲げつつもエヴァンジェリンは分別は失っていない。じろりと蒼い眼を超に向けると、真意を問いただすように睨め上げた。
「じゃあ、早く言え。あるんだろう? 私はなにか武器を使わなくてはならないはずだ。奴に劣らず、五分で戦うことのできる武器をな」
「ご明察ヨ。ま、そのためにこの地下ラボまで出向いてもらったのだがナ」
近くにあったコンソールを操作すると、作業台の茶々丸に、いくつかの接続ケーブルが伸びていく。茶々丸をホストコンピュータ代わりにして、なにかをしようとしているようだった。
「茶々丸。モード『S.i.Z.Z.』、起動」
「了解しました。アクセス開始します」
横たわったまま茶々丸が答えると、部屋全体が一瞬振動した。そして壁の一方が自動的に動き出し、金属製だったシャッターの奥から、強化ガラスの大きな窓が現れる。
覗き込むと、眼下は深く、底もまた暗い。どうやらこの部屋は高い空洞内に半ば吊られた形で配置された部屋のようだ。
「どうなっている?」
「さあさあ、本邦初公開ヨ。これがアナタのために用意した、アナタのための武器ネ、エヴァンジェリン。『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』と並ぶ二つ名、『人形使い(ドールマスター)』の名にふさわしいものを用意したつもりヨ」
「……こ、これは!」
超に言われるまま、エヴァンジェリンには暗がりの向こうに立つ『なにか』に目を凝らす。見えたのは、まるで人形が踊っているようなマークだった。
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