拍手ありがとうございます! お礼は新羅に薬で小さくされた臨也の話です。現在この1ページのみです。 [青年進化論 プロローグ] 「いやー、己の才能が怖いね!」 底抜けに明るい声で言った新羅に、セルティは傍にあったクッションを思いっきり投げつけた。 柔らかいので怪我はないが、勢い余って後方へと倒れ込む。 セルティの気遣いも虚しく、ゴンッと鈍い音が室内に響いた。 『お前と言うヤツは!』 まだまだ怒り収まらずといったセルティが第二撃のクッションに手を伸ばすと、帝人はまあまあと彼女を宥めた。 「僕としては万々歳ですよ。危ない所だったので」 『危ない所?』 帝人の顔が一層の笑みを讃える。 「内緒です」 「はっはーん、臨也の事だからどーせ白昼から劣情を催して、ぶわああっ!」 得意げに話し始めた新羅の頬をボールペンが掠めて、壁にぶつかってフローリングに転がった。 血こそ出てはいないが、ひりひりと僅かに熱を持つ頬に新羅は空笑いをした。 帝人は相変わらずにっこりと笑みを浮かべるばかりだ。 宇宙人と白い悪魔以外怖い物がない筈のセルティすら、その身をぶるりと震わせた。 「兎に角、戻すのは戻して下さいね?アレ」 『アレ』と指を指したのは、ソファでこの騒ぎにも動じずすやすやと眠る三歳くらいの幼児。 セルティは複雑な思いで、改めて子供を観察した。 『しかし、こんな可愛い子が臨也になってしまうなんてな。世の中残酷だな』 「まったくですよ」 ため息を吐いて、律儀にボールペンを拾う帝人。 今日は絶好調の夏日和であるからなるべく体力を消耗しないように過ごそうとしていたのに、 目の前の子供のお陰で日が沈む前からクタクタである。 臨也が突然幼児になってしまったのは、同日昼過ぎの事だった。 + + + 学生の貴重な夏休み、帝人はお盆の帰省前にバイトに励もうと連日家に引き蘢っていた。 パソコンになるべく負担がからないように扇風機を自分ではなく主にパソコンの方へと向けている。 我慢していたがどうしても暑くて、ガリガリ君をしゃくしゃくと片手間に食しながら作業をしていた。 暑くてイライラする昼前、そんな時に、あの男がやって来た。 「ハーイ、帝人君!俺が来たよ!俺!わかるかな?君の愛しい俺!あっ、そんなのひとりだもんね!ヒントあげすぎちゃった!」 ドアの前で騒ぎ立てる声に、帝人は無視を決め込んだ。近所には申し訳ないけど、今は関わりたくない。 恥ずかしいと言うレベルではない。絶対に顔を合わせたらイライラする。 あわせなくても苛つくのだから相当な不快指数だろう。しかし、開けないでいると今度はリズミカルにノックをして来た。 ココンコッコンとなんのつもりかわからないリズムにマウスを握る手が苛立で震える。 「うぜえ…」 「あっ!今帝人君の声が聴こえたなあ〜!いるんだよねえ!ねぇ開けてよ! 胸を焦がすと夏が熱を帯びるんだよ!早く開けてくれないと焦げちゃうよ!」 「勝手に焦げてて下さい。そこ以外の場所で」 しかし、先程のつぶやきが聞こえたくせに、今回は彼の耳に入っていないようだ。彼は構わず一人で大声でしゃべり続ける。 「しょうがないなあもうー、歌でも歌えばアマテラスはこの扉を開けてくれるのかなあ〜!」 「結構です…」 「作詞作曲俺!ラブ帝人!聴いて下さい!あー、ン、ンンーッ、あー、あー、ああー!」 「うざい!!!!」 我慢の限界を超えた帝人が遂に扉を勢い良く開いた。 出来ればドアに頭をぶつけて倒れてしまえと思ったのだが、伊達に喧嘩人形と渡り合っている訳ではなく、 軽く後ろに飛んで躱していた。無事な姿についつい舌打ちが出る。 しかし、先程の言動が嘘のように、目の前の男は蕩けそうな笑みを浮かべていた。顔だけはピカイチだ。 「やっと君の顔が見れた!久し振りだね!帝人君!」 「何が久し振りですか。三日前に会ったでしょう!ていうかうるっさいんですけど!」 「あ、ごめんごめん、君に会えると思ったら嬉しくって!」 「チッ、仕事中なんで静かにして下さいよ」 ホラ、とドアを開いて招き寄せると、臨也は目をぱちぱちと瞬いてから嬉しそうに「お邪魔します」と入って来た。 「帝人君のそういうところ好き」 「ハァ?静かにして下さいって言ったの、聞こえませんでしたか?日本語わかりますか?」 言葉に棘が含まれるが、帝人の頬は暑さだけではない原因で熱を帯びていた。 ちらりと横目で彼を見ると、「静かに」を守っているのか口元を両手で押さえていた。 それは果たして可愛いと思ってやっているのか。 凄まじい形相で視線を戻した帝人は、一応、臨也にお茶を出してから再びパソコンに向き合った。 「あっ、またガリガリ君ですまそうとしてたでしょ?」 パソコンの傍に置いてあった袋を目敏く見付けた臨也が少しだけ責める様な口調になる。 静かにしてろって言ったのに、と、思いつつも、心配してくれているのはわかっているので、少し気まず気に言い訳をする。 「そんなことないですよ。お昼前のおやつです。ちゃんと食べるつもりでした」 「冷蔵庫も空なのに?」 「勝手に見ないで下さい」 咎めるものの、臨也は全く聞いておらず、何やらぶちぶち言いながら、手に持っていたビニール袋から食材を押し込んだ。 いつもこうやって何かしらを押し付けて行くのだ。 マメな臨也であるが、それも演技の一つかと思っていたが、本当にマメらしい。 そして、自分の事だとあまり頓着しない帝人は臨也の好意に甘えていた。 「すみません、後で払います」 「君も強情だね。いらないっていっつも言ってんじゃん」 「借りは作らない主義なので」 「だったら、この間みたいに倒れない事が見返りだよ」 「…………。」 増々ばつが悪そうな表情になる。 実は、先日、この部屋で倒れていたのだ。 原因は食欲がないと言ってアイスばかりですませていた事と、この多湿。 築何十年のアパートは最近の雨の影響を大きく受けており、部屋の中ですら湿気でべたべたしていた。 知識としては知っていたが、まさか、こんな気温で倒れるとは思っていなかった。 帝人は見事に熱中症に掛かっていたのだった。 「ねぇ、やっぱ夏休み中だけでもウチにおいでよ」 袋を丁寧に畳んでから帝人の傍にあぐらを掻いて座る。 畳が凄く似合わないなあと見当違いな事を思いながら、首を振った。 「ご迷惑はかけられません」 「だからね、何度言えばわかるの?迷惑じゃないってば。前みたく毎晩とかしないからさー。ね?週五にしておくから」 「…………。」 「わかったよ!週四!」 なんでこの人が自分なんかに触れたがるのか、わからない。猫を被っておけば選びたい放題だろうに。 けれど、帝人も彼とするのは嫌いじゃない。ただ、臨也を前にして素直になれないだけだ。 それは多分、臨也にもバレている。 「……一段落ついたら、考えます」 「本当!?ねえ!今日から来なよ!あ、今日は逃がさないから!初日だしね!はりきっちゃうぞ!」 「……。」 やった!と嬉しそうに笑う臨也に、帝人も悪い気はしなかった。 しかし、折角食材を買って来てくれたのだから、何か作って一緒に食べよう。 そう思って二時間くらい集中した。その間、臨也は帝人が言いつけた通り、静かにしていた。 だから、彼の変化に気づくのが遅かった。 「終わった…!」 あー、と上体を反らして伸びる。これでしばらくは安泰だ。 倒れてから少しは自粛していたが、部屋がこんなであるからあまり眠れず、起きている時間をバイトに宛てがう日々であった。 ようやく解放されて、モニタを見ると十二時をとっくに過ぎていた。 慌てて臨也を振り返ると、帝人は硬直した。 彼が着ていた黒のカーディガンとブラックジーンズに埋もれるように幼児が転がっている。 あまりに突然な事態に、帝人は思考がまったくついて行かない。 「え?ん?えっと、何?」 こんな小さな身体に臨也が入っている訳もなく、人形でも置いたのか? 悪戯だろうかとおっかなびっくりで幼児の頬に触れるとふにっとした。間違いなく人間のそれ。 「ちょっ、どういうこと、」 帝人が混乱していると、幼児の瞼が震えて、その奥から赤褐色の瞳が覗く。 幼くはあるが、間違いなく臨也のそれ。 「い、いざや、さん?」 びくびくとしながら呼ぶと、幼子は嬉しそうにそのもみじの手を帝人に伸ばした。 「だーれ?」 「りゅ、りゅうがみねみかどです」 一人っ子の帝人には子供の扱いなんてわからない。 そもそも、この子供は一体なんなのか。混乱している帝人に幼児はこてんと可愛らしく首を傾げた。 「りゅー?」 「ええと、みかど」 「み?」 「み、か、ど」 「みあど!」 「あーうん、そうそう、みあど」 若干諦めた帝人はそうだよ、言えたね、すごいね、と柔らかな髪を優しく撫でた。 小さな臨也はにぱっと嬉しそうに笑った。帝人は余りの可愛らしさに硬直する。 「みあど?」 「ごめんね、何でもないよ。君のお名前は?」 「おりはらいじゃや!」 「いじゃや君ねー、やっぱりー。ですよねー」 幼気で無邪気な笑顔が眩しい。臨也を可愛いと思う時が来るとは思わなかった。帝人は若干目が遠くなる。 とりあえず暑いので、ガリガリ君を与え、帝人の頼みの蔦、セルティ・ストゥルルソンに連絡ををすることにした。 「いっやー、臨也と昨晩飲んだ時に後退する薬を実験的に混ぜてみたんだけどね! 今日の朝電話したら普通だったからさー。まさか遅効性だったとは私もわからなかった!今後の参考にするよ」 どうしたら良いかわからず、臨也の服に幼児をくるんで新羅宅を訪れた帝人を迎えたのはそんな言葉だった。 そうして、冒頭に戻り、セルティに嗜められていた所である。 兎に角、と、眠る臨也に目を向けながら帝人は肩を竦めた。 「解毒剤はあるんですよね?」 「ないよ」 『普通に言うな!』 「だってないもんはないよ!一日三歳くらい成長してくからその内戻るんじゃない?」 「…………。」 帝人が無言でカチカチとボールペンを鳴らす。 幼気で温厚な見た目の筈なのに、その姿に背筋が冷たくなる。 「ごごごごめんごめん!はは、えっと、ね!? そ、その、僕もセルティも仕事あるからさ、帝人君に元に戻るまで臨也の面倒見てもらいたいなーって。 勿論タダとは言わないよ。一日一枚でどうだい?」 「わかりました」 『そ、即答だな、帝人』 実際、そんな予感はしていたし、それでお金がもらえるのであれば余計に構わない。 勿論、そんな事は顔に出さず、お金の為という事にしておく。臨也自身でなくても、 自分が臨也を好いている事を悟られるのは得策ではない。 『帝人、言いにくいんだが、子供には帝人の家は暑過ぎると思う。ウチのゲストルーム使ってくれ』 「ええー!やだよ!俺たちのラブライフが子供連れになるなんて!」 『誰の所為だと思ってるんだ!!』 「がふっ、セ、セルティ、鳩尾はちょっと、」 「…いいんですか?」 臨也を見ながら、遠慮がちに訊ねる。確かに、幼い臨也には辛いだろう。 先日、帝人だって倒れたのだ。心苦しいが出来れば甘えたい。 気を持ち直した新羅がケホ、と咳払いをしてから頷いた。 「いいよ。まあ、私の所為だしね。悪いけど頼むよ」 「ありがとうございます。すみません、しばらくお世話になります」 竜ヶ峰帝人17歳。 初めての子育てを経験する夏となった。 [続く!] |
|