拍手ありがとうございました!
 
お礼 
【悠東】 革命の首謀者×奴隷に落とされた元王子(色々注意)
 
 
 
 
 それは、場違いな程に明るくからりとした笑い声だった。
 
「はーい、どうもご機嫌いかがっすかー?」
 
 どさっ、と床に放り投げられ強かに体を打つ。ほんの少し饐えた臭いを発する床板はささくれ立ち、所々が腐り落ちている。それでも真下が地面だからか、受け身を取る力さえなく弾んだ体は何度か強く背中を打った。その衝撃に息を詰める暇もなく、どん、と鉄槌のような足が肩を思い切り踏みにじる。同時にぐい、と首輪に繋がる紐を強く引っ張り上げられ、自然と頭が吊り上げられる。気道を阻害される苦しみに鈍く呻くも、当然その責め苦が終わるわけもない。力に逆らえず不自然に仰け反る体を歪んだ顔を、きゃらきゃらと甘い声がせせら笑った。
「いやあ、さっすが元王子様。随分とまあ高い値段がついたもんだよね! その綺麗なお顔の所為か、それともオージサマを這いつくばらせたい変態達が頑張ったのかもしんないけど……流石にヒヤヒヤしたよ? だってそうじゃないとさ、何の為に革命起こしたかって話になっちゃうじゃんね?」
「……お、ま……え、」
「口の利き方には気をつけなよ」
 ぐり、と肩を踏みにじる足に体重が欠けられる。みしりと軋んだ体に悲鳴を上げる前に、苦痛に支配された顔を覗き込んだ男がうっとりと笑った。
 柔らかい黒髪と少し垂れた赤い大きな目。少々長めの黒髪が目にかかるが、艶さえあるその髪は以前と違ってよく手入れされている。まだ未成年であるからだろう、面立ちはやや幼く整ってはいるが愛嬌のほうがやや強いきらいがある。それでも十二分な程に将来の美貌を予感させる顔立ちだ。東堂とて、こんな状況ではなければ少しはそれに嘆じてやったってよかったかもしれない。
 その、まだ可愛らしさを残す声が、ひどく甘く囀った。
「綺麗な綺麗な『元』王子様。ねえ、アンタはもう二度と人間扱いされないよ? オレに買い取られた奴隷として、首輪つけて紐に繋がれ鎖に縛られて、一生オレのご機嫌取って暮らすんだ。ずっと飼い殺してあげる。その綺麗な目で睨んで、散々泣いて喚いて、それでも絶対逃げられないんだって、何度も何度も絶望して泣いて叫んで憎めばいい。どう? 中々楽しい話だと思わない、お、う、じ、さ、ま!」
「……っ、」
 ぎちり、と肩が嫌な音を立てる。そこから逃れたくても、首輪に繋がる紐をまるで犬を繋ぐように吊り上げられていれば逃れることも出来ず、一層惨めさを増すのみだ。
 遥か昔。
 一国の王子として生を受けた。小国ではなかったが、さりとて大帝国とも呼ばれない程度の国で最高の教育と環境を与えられ、その天から受けた才を余すことなく発揮して育った。美しい見目は幾たびも幾たびも言葉を尽くして絶賛され、友を持ち、頭脳に期待され、将来賢王として国を治めよと幾たびも教えられた。
 だからといって小さな世界で慢心していたわけではない。侍従の子供、乳兄弟の修作と何度も城を抜け出しては城下の様子は見に行った。そちらで友も出来た。常に誰かがひどく処罰されることない上手いギリギリの線を見極めていた。
 世界は全て順風満帆。
 苦労はなく、涙はなく、悔恨はなく、故に未来は明るいものだと信じていた。
 
 それがたった一夜で覆る儚いものだとは、思ってもみなかった。
 
「だれ、が……おまえ、なぞに」
 苦しい息の中、それでも心底の憎悪を込めて投げつける。その罵声すら睦言を囁かれたかのように陶然と笑いながら受け止め、男は笑った。
「いいや、アンタはするよ」
 ――そもそもが、顔見知りの男だった。
 いつものように城下の友人に会いに行った時のこと。友人の弟として紹介された彼は、そのうさぎのような真っ赤な目を暫し丸くして東堂を凝視し、散々促された後小さく名乗っただけの男。どちらかと言えば東堂の弟分の方に懐き、東堂にはまるで目もくれていないような態度ばかりを取っていた。
 貧民、というほど貧しかったわけではない。
 むしろ庶民の中では富んだ家に生まれていた。応急と比べるのは馬鹿馬鹿しくとも、そこそこいい服を着て、いいものを食べ、教養もあった。当然だ。
 そうでなければ、そもそも革命などと言う発想には至らない。
 口先三寸で全てを覆し、各地で火の手を上げ、反旗を翻し、ついには王家そのものを呑み下すことなど――できやしないのだ。
 あの日。
 一か月前。
 慌てて駆け付けた東堂の目の前で、生まれ育った城は火の手を上げて燃え落ちていた。誰かの歓声が聞こえた。誰かの怒号が聞こえた。誰かの悲鳴が聞こえた。
 その何もかもが、炎を背に立つこの男の笑顔に塗りつぶされ、碌に頭には届かなかった。
「修作さんと、シノギさん――だっけ? 安心しなよ、ちゃんと生きてる。傷一つないって訳にはいかなかったけどね。流石王家直属近衛、尋常じゃなく強いねあの人。あの人一人捕まえるのにこっちが何人殺されたことか……修作さんは捕まること自体は早かったけどしょっちゅう自害しようとするしさあ。忠誠心の塊ってああいうことを言うのかな。……そんな顔しないでよ」
 どんな色を見たか、すこし彼が表情を変える。憐れむように、笑うように、目元を眇めて唇が吊り上る。
「どっちも死んでないからさあ。ま、辛うじてだけど。捕まったって言ったら少し暴れるの止めたしね。奴隷になった――っての言ったのはさっきかな。大事な王子様が人目に晒されて競り落とされるなんて言ったらさあ、そんなのもう一度暴れられちゃうじゃん? 困るんだよねそういうの。でも、大丈夫。オレが競り落としたからもう暴れられないし、死ねないよ。――大人しくしなきゃアンタらの大事な王子様殺しちゃうよ、って脅したからね」
 ひく、と東堂の喉が震える。その目に映る絶望と、憎悪をとっくりと眺め、男はゆっくりと足をどけた。首を繋ぐ紐も緩め、東堂を少し楽にする。
 それでも、東堂は動かなかった。
 だからこそ、東堂は、動けなかった。
「……やっぱり、頭いいね」
 小さく男が囁く。
 紐を手放し、ゆっくりと距離を取る。なお東堂は動かない。王子という身分を覆され、ぼろを着せられ、首輪をつけられ、人の目に晒し、物か何かのように競り落とされ、挙句暴行を受け、その相手が自分をここまで落とした反逆者の男だというのに、なお東堂は動かない。
 動けない。
 なぜなら、
「だって反抗したら、貴方の大事な人たちがどうなるか、分かんないもんね?」
「…………っ、」
 ぎり、と唇を噛み締める。ゆっくりと起き上がり、立ち、拳を強く握る。
 窓を背に、男は笑っている。そこから見える町並みは、東堂の良く知るものとよく似て、それでも違う。革命が成った後の国。今までとはもう国名も何もかも変わってしまった国。
 もうここに、あの国はない。
 もうここは、東堂の国ではない。
 もう。
 この世に神など、いるはずもない。
 
 東堂の世界に残ったのは、この可愛い顔をした悪魔だけだ。
 
「…………悠人」
「なぁに?」
 小首を傾げ、笑う男。
 そう呼ぶことは拒まないのか。そうぼんやりと思いながら、歯を食いしばる。拳を握り過ぎたのか、ぷつり、と何かが切れる音がして手に痛みが走った。それでも、止めない。握り拳から血が滴っても。それが滴り床に染みを残しても、なお止めず――そして。
 ゆっくりと、跪いた。
 膝をつき、身をかがめ、首を垂れる。幸福そうに悠人が笑う。それにも構わず血の流れていない方の手を胸に当て、深く、深く、身を屈める。
 従属の証。
 反抗せず、大人しく従うと決めたことの証左。
「……二人に、手は出さないでくれ」
「……うん、いいよ」
 甘い声が答える。血の滴る手を取り、口を近づけ、滴る血に舌を這わせる。
 跪いた耳元で、悪魔が優しく囁いた。
 

 
「貴方はそうやって、オレだけを心底憎んでいればいいんだよ」
 

 
 
 
 
 



ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)
あと1000文字。