歯痒い想い

歯痒い想い



「なあ、俺んところ嫁にこいよ」
「また、若様、そんなことばっかりおっしゃてると、小十郎様が嘆きますよ」
私が、政宗様付きの女中になってから、もう三年。初めて政宗様に会ったときには、まだまだ子供っぽさが抜けない元気な少年でいらしたのに、この数年ですっかり背も伸びてたくましい青年になられた。そろそろ嫁取りの時期だからか、政宗様は何かというと「嫁に来い」とか「その姿がたまらなくcute」だとか、将来の奥様に対しての口説き文句の練習を私でしている。政宗様は、私にひどく親しんでいるようでこういう練習もしやすいのでしょう。最初は、頬を赤くしたものだが、今では慣れてしまって、ぜんぜん感動もしない。
やはり、少しぐらいは恥らって差し上げたほうが、将来の練習にはなるのだろうか。
「俺は、本気だぞ」
「本気でお勉強されないと、若様の将来の奥方様に嫌われますよ」
やれやれと、洗濯物を洗っている手を止めて横で仁王立ちしている政宗様を見上げた。
「お前ぇは、頭良いやつが好きか?」
「私の好みは関係ございませんよ」
「……shit! いいから、お前ぇの好みの野郎を教えろ」
苛立っているのか、頭を右手で掻き揚げながら政宗様は私に問う。好みの殿方と申しましても、私はすでに嫁き遅れ。さして、結婚しようなどと思ったこともなかったので、困ったことになってしまった。
「若様が、私の結婚相手を探していただけるのですか?」
「誰がそんなこと言ったよ!」
違うのか。残念……政宗様が、どんな人を紹介してくれるのか興味があったんですけれど。
「誰かに操でも立ててるのかよ」
「……そうですねぇ」
操を立てるほどの想い人なんていない。私は思案するつもりで、首をかしげながら返事をしたのだが、それを肯定だと受け取った政宗様が、ぎょっとした表情をしたあと、むすっとした表情で口を尖らせた。
「どこのどいつだ」
「は?」
「お前ぇに操を立てさせるほどの男は、どこのどいつだってんだよ!」
なぜか、政宗様は不機嫌なのを隠しもせずに怒鳴っている。私は不当に怒られている気がするのだけれど。
「えーと……」
「いいから、さっさと吐いちまいな!」
「答えたら、その方はどうなるんですか?」
適当な名前を言ってごまかそうと思ったのだけれど、この剣幕の政宗様だったらとんでもないことをしかねない。
「追い出す」
「え?」
「こっから追い出す。いくら譜代の家臣でも追い出す。俺のものを取ろうとする奴は伊達にいる必要はねぇ」
お、追い出しちゃうんだ……。
迂闊なことが言えなくなってしまった。そもそも、操を立てる相手がいないことを政宗様に理解していただければいいことではないのか。
でも、この殺気立ってる政宗様をどうやって説得しましょうか。
私が困っていると、向こう側から輝宗様が歩いてくるのが視界に入った。輝宗様も、どうやら私と政宗様に気が付いたようで、にこやかに笑いかけられた後、お声をかけてくださった。
「政宗が迷惑をかけていないか?」
「いえ、そんな、滅相もないです。殿」
本当は、仕事の邪魔をされているのだがそんなことを輝宗様にいえるはずもなく、私は着物の裾をさっと整えて片ひざを立てて座ると頭を下げた。
「そなたの細やかな気遣い、わしの耳にも届いておる。戦に強いばかりが奉公ではない。そなたのような目立たない役目も、立派なお役目である。その忠義、嬉しく思うぞ」
「恐れ入りましてございます……」
まさかこんなに褒められるとは、思わなくて私は頬がまっかになるのを自覚した。輝宗様は、戦になれば勇猛果敢な武将だとお伺いしているが、私が目にするお城での輝宗様は、慈悲に満ちた優しいお方で、端整な顔立ちに浮かぶやさしい笑顔に憧れている女中たちも多い。とはいえ、正妻であるお東の方が怖くて、近づこうとは誰も思ってはいない。
「わしにな、そなたの働き振りを忠実に進言してくれる者が近くにいるのだ。そのおかげで、いつもそなたのことを感心しておったのだ」
「もったいないお言葉にございます」
も、もう。恥ずかしい……一体誰だというのだろう。私の行動を逐一輝宗さまにご報告申し上げているのは……。恥ずかしくて、顔が上げられない。
「父上!急ぎの御用がおりだったのではございませんか」
いつになく政宗様があせったような口ぶりで、輝宗様を追い立てた。
「急ぎの用はな……おお、そうじゃった、あったあった。たった今、急ぎのようを思い出した」
こちらに来るときには、急ぎの用事があるなど感じさせないゆっくりとした足取りだったのに、急に輝宗様は、「忙しい、忙しい」といいながら足早に去っていってしまわれた。私がぽかん、とその慌しく去っていく後姿を見つめていると、隣にむすっとした表情の政宗様がやってきてぺちん、と私の額を軽く叩いた。
「あの……なにか?」
「お前ぇ、父上が好みの野郎なんだな!」
「え?」
確かに、素敵だとは思うが、私は輝宗様を慕っているわけではない。だけれど、なにを勘違いされたのか、政宗様は口を尖らせて私を見下ろしている。私は立ち上がって、私より少し目線の高い政宗様に尋ねた。
「どうして、そのように思われるのですか?」
「俺と違って、父上と話すとき真っ赤な顔をしている」
「それは、あんなに褒められてしまって恥ずかしかったからでございます」
「可愛いな」
「は?」
突然、政宗様は私の右手をとりぎゅっと握り締めて私の目をまじまじと覗き込みながら言った。
「cuteだ。花のように美しい。お前ぇのことを考えると夜も眠れない」
「それは、気の病なのではございませぬか」
私のことを考えて夜も眠れないだなんて、気の病としか考えられない。しかも、花のように美しいって何を見ているのだろう。
「くっそーっ!やっぱり、真の敵は父上だったかーっ」
政宗様は、悔しそうに地団太を踏み、輝宗様が去っていったほうに走りさっていった。
いつもながら、政宗様のお考えは思慮遠望すぎて、凡人の私には到底ついていけそうにない。やれやれ、と私はため息を付いて、洗濯仕事の再開をしようとしたところ、背後からひそひそ声が聞こえた。
「ほら、歯痒いだろ、梵とさ……」
「成実殿のおっしゃる通りだな……若様は、もう少しうまく立ち回っていると俺は思っていた」
柱の影で、成実様と景綱様がなにやら私と政宗様が走り去ってしまったほうをちらちら見ながらぼそぼそと話していらっしゃる。
伊達家って、奉公のしがいのある素晴らしいお家だと思うけれど、ちょっと変わった方が多いみたい……。





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