祝言を挙げてから俺はよく変わったと言われるようになった。

「新妻が可愛くて仕方ないんだろう」

綱元どのや成実さまにはそうからかわれるが、それが図星だから笑うしかねぇ。実際のところ、を手放したくねぇ、その感情が日に日に大きくなる。俺は所帯を持つのは二度目だが、最初の妻にはこんな感情などなかった。そもそも蔦とは一つ屋根に暮らしていても顔を見ることが果たしてどのくらいあったか。家事はすべて女中任せ。自分の部屋に閉じこもって俺の顔すら見るのを嫌がり、すべてを拒否している記憶しかねぇ。そんな妻が可愛いと思えるほど、俺は蔦に対してなんの感情もなかったのだと今になって思い知る。

はよく努力していると思う。それは老爺からも聞いている。俺の妻として、方々からやってくる使者や書状を選り分けて、時には俺の名代として相手に会うこともあるそうだ。そういったことはよりも八重の方が慣れてもいるから、八重がの側にいてくれるのはありがたい。だが、夫として俺よりも八重の方がの側にいる時間が長いのは何か納得できねぇんだが。


今日も一日の政務が終わり、俺はほっとして政宗さまに頭を下げる。冬の間は戦はなくなる代わりに内政に力を注がなければならねぇ。それは政宗さまもお分かりのようで、ここのところの政務は順調に進んでいた。だから日が落ちる頃には今日の政務を終わらせることもできる。

「では、これにて失礼いたします」
「Ah」

パチン、パチンと扇を手慰みながらしっしっとばかりに手を振られるのは毎回の事ながら苦笑してしまう。政宗さまは機嫌が悪いときにそうなさるのは重々承知しているが、今日の機嫌の悪さはここ数日降り続く雪に外出できないからだと知っているだけに放置することに決めた。身体を動かせば直る程度ならいくらでも相手をするが、同じ身体を動かすことでも今の政宗さまの欲されるのは種類が違うとわかる。

「小十郎」
「は」
は───────────元気にしているか?」

政宗さまの探るような声に俺は顔を上げる。どうやら機嫌が悪いだけではないらしい。俺とが祝言を挙げてからというもの、政宗さまを始め成実さまや綱元どのまで俺をからかうようになった。それに対しては別に伊達の流儀だからかまわねぇ。だがからかうではなくのことを口にされたのは初めてだった。そういえばと政宗さまがお会いになったのは祝言の日が最後だった。俺がを妻にと求めた日から政宗さまはと少し距離を置かれるようになった。俺は分かっていた。政宗さまがを慕っていることを。だがそれでもを諦めきれなかった。そして政宗さまはを俺に下さった。わかっていた。政宗さまが蔦のことを気にされていたことを。

「は、元気にしております。相変わらず知らぬことばかりで屋敷の中で毎日大騒ぎです」
「Hum、アイツ茶も花もダメだったからな」
「ええ。家宰を振るうのも八重に頼っておりますが、いつか自分でやるのだと頑張っております」
「そうか、ならいい」

ふいと顔をそむけられた政宗さまに内心でおや、と思う。に会いたいとおっしゃるかと思えば違うらしい。ふ、と柔らかい表情を浮かべられたのに軽く目を見張る。

「連れて参りましょうか?」
「別にいい」

わからねぇ。政宗さまが何をお求めになられているのか。それでももしかしたらと思って聞いてみるが即殺される。パチン、パチン、と扇の手慰みは収まらないまま告げられる言葉に俺は軽く肩をすくめた。

「政宗さま?」
「何だ?」
「何ぞございましたか?」
「ねぇよ。ただ最近お前からの話を聞かなくなったからアイツに何かあったんじゃねぇかと思っただけだ」
「それは───────────申し訳ございません」
「何もねぇならいい」

駄々をこねるような仕草に首を傾げるが、これで話は終わりだ、とばかりにしっしっと手を振るように俺の退出を促した。それに逆らう必要もねぇ。一礼して退出して屋敷に戻った。




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