※ラ.ー.メ.ン.ズ第15回公演『ALICE』内の同名のおはなしから膨らませたネタです。
ネタバレと言えるほどのものではありませんが、内容を知りたくない方はお読みにならないで下さいね。




『風と桶に関する幾つかの考察』(久々綾)


あぁ、風が吹いた。


斜め少し前を歩く綾部の髪がゆっくりと舞っている。
風に煽られた庭の落ち葉が廊下を歩く自分たちの足下にまで吹き上げられ、足を進める度かさかさと乾いた音を立てた。
綾部はそれが面白いのか鬱陶しいのか判別しかねる表情で、自分たちが踏みつけて砕けた葉の欠片が散ってゆくのを目で追っている。
彼が斜め下を向けば、その髪は一度やわらかく舞い上がり、そしてゆっくりと輪郭をなぞるように滑ってゆく。

髪の動きが収まりかけたころ、また一段と強く風が吹く。
庭の落ち葉と彼が砕いた葉の欠片が自分たちより高く舞い上がる。
彼の視線も空高くを仰ぐ。毛先が葉と同じ軽さで宙を泳ぐ。

そしてそのまま、

「久々知先輩?」

綾部が宙に舞う。そんな気がした。

気がつくと彼の腕を強引に引き寄せかたく抱いていた。
ふわりと彼の髪が俺の鼻先をなでた瞬間に我に返る。
「大丈夫ですか」
顎にあたたかな息が届く距離のまま綾部は尋ねる。珍しく少し驚いた表情を浮かべている。
彼の表情と互いの距離感、そして思いがけない自分の咄嗟の行動。それらの原因を簡潔かつ明快に説明する術も、巧く言い包める自信も、今の俺にはない。
ただただ顔中に血液が集中するのを自覚するだけだ。

足下で小さく踊る落ち葉と同じ色に染まった顔をじいと見つめ、綾部は小さく息を吐いた。
顔を赤らめ言い淀む、それだけで俺の心情を何とはなしに汲んだのだろう。
さすがに自分が空に浮かんでゆく姿までは思い描けていないだろうけれど。

あぁ、また風が吹く。

この浮ついた頭を冷やすのに。冷たい水に浸した手拭いを絞るために。

「……桶、が、必要ですね」


こんな事が続いたら、風が吹くその度にきっと、

桶屋が、儲かる。



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