拍手お礼小話





植物が欲しい、と唐突に明確に思った。
できれば自分の部屋の窓辺なんかで育てられる鉢植えがいいかなと色々調べていくうち、かっこいいやつを見つけてしまった。
これが欲しい……。
以来私はその植物のことばかり考えている。
アガベのことを。

アガベは和名で竜舌蘭とも言い、葉の縁に棘を生やした個性的な植物だ。
その名の通り、竜が本当にいるのなら口の中はこんなだろうと納得できる。

でもアガベを育てるにはたくさんの日照時間が必要らしい。
室内の窓辺では無理そう、ではベランダではどうか?と調べたけど、うちのベランダは北東向きであまり日が入らない。だめだ……。
しかもそんなん調べてたら北東って鬼門っていって鬼とか邪が入ってくる方角なんだってことも知ってしまって、日は入らないのに鬼と邪が入ってくるって何?
二重にだめだ…………。


気を取り直して、そう、なら毎日顔出す部室の近くでさり気なく育てるのはどうだろう、とも考えたがさり気なく置くのにアガベは目立ちすぎる。葉っぱかなり尖ってるし。
触っちゃった部員に怪我させてしまう可能性もあるし。よくないな。


家では無理、学校でも厳しいとなれば、近所の知り合いのおうちで育ててもらうことなどは出来ないだろうかと考えた。
我ながら図々しいが、植物好きな人でちょうど偶然アガベを育ててみたかったという人がいたらプレゼントして、たまに様子を見せていただけたりしたら……と夢想したがそんな知り合いはいなかった。
ベランダに鬼と邪はいるのに。人間の人脈がほしい。
けれどいないものはしょうがない。
どれだけ焦がれても手に入らない、手に入れない方がお互い(私とアガベ)にとって幸せな関係というのはあるのだということを齢15にして私は知る。
諦めよう。その方がアガベのためなのよ……ああ、いっそアガベを知る前に戻れたら、こんな焦燥を知ることもなかったのに……。

上履きのつま先で床にアガベと文字を書いては消していると、だし抜けに顔の前でパチン!と高い音がした。
思わずのけぞる。


「上の空で溜息なんかつきやがって。昼飯でも食い過ぎたか?」


跡部の指鳴らしだった。
びっくりした。
これ、いつも思うけどなんであんないい音するんだろ。


「ごめん、ぼーっとしてた」


跡部は戻した指で自分のこめかみをぴっと示した。頭回せ、と言いたいのだろう。


そうだ、今は昼休み。ここは部室。向かい合った席に跡部。
放課後の部内会議に向けて段取りを確認している最中だった。
アガベに夢中でぼんやりしてた。これが恋か。
あ、跡部とアガベって一文字違いじゃん。いいな、跡部……。(?)


「おい、聞いてんのか」

ああ、跡部んちなら今日からでも何個でもアガベを思う存分育てることが出来るんだなぁ。跡部んちの庭なんて太陽が空にある限り日が当たってそうだ。間違っても鬼も邪も入って来なそうだし。


「いいな……」
「ああ?」
「跡部に私のアガベを育ててもらえたらいいのに」


跡部にというよりただの独り言として呟く。
跡部は数秒「ああ?」の表情のままだったが、不意に顔色を変えた。


「……随分詩的な言い回しするじゃねーか」
「は?」

いや即物的にも程がある欲望だけど。


「考えといてやるよ」
「……え!?いいの!?」


私は大声を出していた。
跡部は明後日の方を向き頷く。


「ああ」
「ほんとに!?え……こんな図々しいお願いしていいの?跡部優しいね……!」
「図々しいのは生まれつきだろうが」
「ありがとう……!やだもー、ほんとぼんやりしててごめんね!部内会議がんばるね!」
「調子のいい奴だ。……それにしてもお前がそんな言葉知ってたとはな」
「? アガベのこと?」
「発音は悪いがな。正しくは」

ハッ、と笑って跡部は私の耳に美しく、けれど珍しい響きの異国語を発した。
え、何て?

聞き返そうと顔を上げるが跡部はなぜか部室から出て行こうとする。
え、打ち合わせはどうしたの。ていうかアガベの話もっと詰めない?いつ鉢持って行っていい?わたしもう買っていい?実は近所で目つけてるかわいいアガベがいるんだけど、


「待って、」


呼びかけるが跡部は軽く手を上げてそのまま行ってしまう。
その制服の襟足からわずかにのぞく首の後ろが打たれた様に赤くなっていて、あれ?と違和感が残った。


……どうも、何か妙だ。


残された部室で私は跡部が発した異国語を繰り返す。


「アガ……アガーピ……?アガーぺ?」


だったかなとスマホでそのまま検索すると、ギリシャ語で愛を意味する、とあった。
愛。
  

……跡部は
「アガベ」(私のほしいかっこいい植物)
を聞き違えて
「アガペ」(発音が悪いと思われた)
になって
それをギリシャ語で正しく発声してみせて
「アガーピ」(愛)
と言った?のか?



なるほど。
つまり、さっき私は


「跡部に私のアガーピ(愛)を育ててもらえたらいいのに」


と言ったことに(跡部の中では)なってるんだな?


…………ほんとだ、詩的じゃん…………!?


いやそうか?詩的か?んなこと急に言われたら怖くないか?愛は自分で育てた方がよくない?
つうか私ギリシャ語で告白とかしないから!!!!!



私は音を鳴らして椅子から立ち上がり、部室を飛び出した。



「跡部!」



私が育ててほしいのは、アガベ!植物!草!!!!!





(「愛よ育て」0506)



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