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以下お礼のおはなし(ランダム・ジャンル雑多、過去作)



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(ギアッチョ)(お礼なのに悲恋)





窓を開けて、はあ、と息を吐く。湿気が凍って白いもやになり、日差しの中で溶かされて消えた。


彼が姿を消してからずいぶんと時間が経っていた。それでも毎日朝は来るし、彼のいた頃と変わりなく冬は巡ってくる。
空は薄青く、霞んだ雲が幕のように遠くの宙(そら)と私のいる街を隔てていた。窓を閉め、そこから目を逸らす。冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターをやかんに注ぎ、火にかける。カチ、カチ、カチ、カチ、という音がつかの間、部屋を満たした。

寒くなって、お湯が沸くまで毛布に包まり、ソファーの上で待つ。テーブルの上には淡い水色のハードカバーが、ずっと前に読み終わってからそのままそこに置き去りになっている。どんな内容だっただろう?たしか・・・。本の中の登場人物が、作者にずっと上空から観察されて、自分たちの運命の行く先を決められていることに気付き、それに抵抗するという話だった。大切なはずの結末は思い出せない。

外国の本だった。言葉の表現が淡白で、悲劇なのに悲しさも愛おしさも残さない不思議な本だった。彼に聞かせたらどんな反応をしただろうか。・・・リタ・ヘイワースがメキシコ生まれだというフィクションに腹を立てただろうか。それとも白黒映画の昔の女優なんてどうだっていいと思うだろうか。紙でできた人間が出てきたりすることは許せないかもしれない。でも言い回しがあまり周りくどい本ではなかったから、案外気に入ったかもしれない。・・・わからない、彼に聞かなければ。彼の好き嫌いを知っていた時間からずいぶんと引き離されてしまった。

ふしゅ、といって、熱湯が吹きこぼれる音がした。毛布を剥ぎ捨て、慌てて火を消しにいった。やかんでお湯を沸かした時のお決まりの音はどうも彼の堪忍袋の尾を刺激するようだったから、笛のところを外しておいて、そのままになっていた。彼のいなくなってしまった部屋は今もなお、彼の意識に溢れていた。

ふと自分の中で何か、細い絹糸のような感情がぷつ、と切れる。コンロのスイッチをつまんだまま呆然と立ちすくむ。


私はもう知っていた。彼が二度と戻って来ないことを。私はそれを見過ごした。


それでもまた冬は巡ってくるのだ。





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