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今月は…というのも申し訳ない程久し振りのお礼入替えの為、すっかり時季外れな話です。
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***幼稚園教諭マリコの日記 7月某日***
我が幼等部の今月のメイン行事。それが今日だった。
と云っても家族が見に来る訳ではなく、後日DVDを焼いて配る事になっている園内行事。
七月と云えばそりゃあ、七夕でしょう。
ここ暫く残業しながら作った飾りに子ども達が書いた短冊。
そして着飾った子ども達で今日は朝から大騒ぎだった。
今日は年少組は基本お昼まで。
お迎えの都合で午後まで居残りの子達はご飯を食べた後はお昼寝をする。
静かになった教室でやれやれと子ども達が脱いだ羽織り物を畳みながら、可愛かったなあなんて口元が緩んだ。
カーテンが揺れて開けたままの窓から入ってくる風が気持ちいい。
年長組の教室から聞こえて来る微かな声も、慣れた子ども達には良い子守唄になっているのだろうか。
はしゃぎ過ぎたのかぐっすり眠っている子どもの寝顔を見ていたら、視界の隅に人影が過ぎった気がして首を伸ばして窺い見る。
教室の入り口は一つだけ。廊下側の壁は天井近くがはめ込みのガラスになっている。
この高さが微妙で、大人でも覗こうと思ったら足場が欲しくなる。
偶に背の高い男の人が覗き込んでいる事もあるけれど、平均的な身長ではまず苦しい。
その窓から頭がしっかり見えたという事は、180センチは優に上回る身長。唯一の男の教員である広大くんは私とそれ程かわらないのだから、別人なのは間違いない。
この時間に外部から人が来るとしたらお迎えか業者さんだけど、この廊下の先には今の時間使っていない部屋しかない。
不思議に思ってドアから顔を出すと、昼下がりのそこは教室に比べて暗くてそれが誰なのかはすぐには分からない。
スラリと背が高くてスーツのシルエットがびっくりする程綺麗。
壁に貼ってある絵を見てゆっくりと移動していたその人は、私の視線に気付いたのか振り返った。
いや、夢見がちな事を云う気はない。
でもカクンと顎は床に落ちそうになった。
「こんにちは」
うわ、さわやかだ。
二十歳前後かな、うわーうわーカッコいい。
なんでこんな所にいるのか分からないけれど、ひょっとして子持ちで園の下見とか。
いや、子持ちには見えない。いやいや、嫁が羨まし過ぎる。
「随分賑やかな飾りつけだ。七夕ってこんなに派手にやってたっけ」
くすりと笑いながら見渡すのは、確かに派手すぎる感のある飾り付け。
でも皮肉られているようには聞こえず、ほんとに楽しそうに笑っている。
何だか瞬発力逞しくのぼせ上りかけたけど、見た目が整い過ぎていて現実味の少ないこの青年。どう見ても年下だし、まあ目も慣れて来た所で何となく正体が見えてきた。
……だってさあ、この園に居ると時々とんでもなくいい男に会う機会があるのだ。この青年がそのおウチと関係ないと何故云えるのか。
「あーっ、児玉先生。お久し振りです」
ぽかんと見続けている私の背後に向かって、青年の笑顔パワーが増した。
児玉って……部長の名前だけど、児玉先生なんて呼び方久し振りに聞いた。
いわゆる他の幼稚園でいう園長の立場の部長を、名前で呼ぶことなんてそうそうない。
にぱっと笑った顔がもの凄く可愛い。犯罪級過ぎてくうっと思わず喉から声が漏れそうになったのはなんとか我慢する。
この青年、あれよ。
だってこの笑顔。
似ているわけでもないのに、被る笑顔が園児にいる。
いや、似てるのか。そう云えば、前にお迎えに来たお父さんとは少し似ている気がする。
やはりそうだろう。恐るべしいい男だらけの一家。
自分の予想が間違っているとは微塵も思えず、御堂さんですかと聞こうとした時よく知る声が弾んで聞こえた。
「隼人じゃないの。久し振りだねえ、また大きくなったんじゃない」
「……いや、児玉先生。俺もう成長止まってるから」
「あんたの所、皆さん大きいじゃない。まだまだ伸びそうよ」
「まあデカいですけどね」
にっこにこと話す部長にびっくりする。何でそんなに仲良しなの。
やっぱりそうかと思いつつ、この青年がお迎えに来た事はなかった筈だと記憶を辿る。
ひょっとして、私が会ってないだけだろうか。だとしたらなんて勿体無い。
御堂家の皆さんは男女とも素晴らしく目の保養だけれど、ちょっとこの若さとまぶしさは反則だわ。
「あ、まり子先生。御堂隼人くんです。杏ちゃんや蓮くんの従伯父」
従伯父って何。
きょとんとした私に気付いたのだろう、隼人くんがくすくすと綺麗に笑う。
「あいつらの爺さんの兄貴の息子。ウチは年齢滅茶苦茶だから、分かりにくいでしょ」
「ええと、お父さんの従弟……?」
「混乱するから家族で括った方が早いと思うよ」
「確かに」
ふむと頷くと、にっと笑われて白い歯が見えた。うーん、美形は歯もキレイ。
「親に伯父に爺に大叔父その他諸々入れ替わりで来てるんでしょ?」
「まあ、色んな方が」
「甘やかされてるからなあ、奴ら。迷惑かけてません?」
「二人共いい子ですよ」
「まあ、お目付けもいる事だしバカな事はしないだろうけど」
お目付け?と首を捻ったら「伊吹」と返される。
「あいつ煩いでしょ。こまっしゃくれてて口減らないし」
「いいお兄ちゃんですよね。すごくしっかりしてる」
「しっかりし過ぎなんですよ」
なんて云いながらも、隼人くんの顔は笑っていて。
幸せそうに三人の事を話すなあ。
「隼人よりは扱いやすい。隼人は暴れん坊だったからねえ」
「嘘っ」
ぐりんと顔を向けた隼人くんに部長は呵々と笑う。
「ガキ大将並みにヤンチャだった。体力ありすぎて泣かされたものだわ」
「そうだった? いじめっ子をしていた記憶はないんだけど」
「どちらかと云うといじめっ子を殴りに行くタイプだったねえ」
「覚えてないや」
その節は大変お世話になりましてなんて会話をぽかんと聞いていたら、ここの卒園生だと教えられた。
その頃から部長は教員で、担任だったらしい。
初等部の途中まではこの学園に通っていたそうだけれど、可愛かったんだろうなあ。
「あれ隼人。この前お母さんがお迎えに来られた時、まだアメリカだって聞いたけど」
「お袋まで来てんの? しょうがないなあ」
「お父さんだって来られるよ」
「いや、親父はあれで滅茶苦茶子煩悩だから」
お父さんっていうと誰だろう。
お爺さんのお兄さん。遥人氏はたしか弟さんだから……ああ、あのすっごい存在感のあるオジサマ。なんて、お迎えに来た時の事を思い出してしまう。
やっぱり物凄いいい男だったけど、幼稚園のすべてがミニマムに見えて物凄い違和感だった。
でも子ども達はすごく懐いていて、可愛がっているのがもの凄く分かった。
時々雑誌とかテレビでも見掛けるけど、イメージが違い過ぎてマイホームパパって感じだったんだよねえ。
そうか、あの人の息子さんなのか。
ほほうなる程と頷いていたら、ガラリとドアが開いた。
まだ皆寝ているだろうと油断していたから慌てて振り返ると、ドアから現れた少女は眠たそうに目を擦っている。
「隼人ちゃあん?」
声が聞こえたのだろう、現れたのは先刻思い浮かんだ少女だった。
ぽてぽてと歩く片手にはタオルケットが握り締められているけれど、寝る前に脱がせた筈の羽織り物をパジャマの上から着ている。帯は前で蝶結び。縦結びではあるけれど、起き抜けにそこまで自分でやったらしい。
「よう、杏。なんだ可愛い格好してるなあ」
「んぅー、織り姫さまよう」
「うん、可愛いな。似合うぞ、もっと見せてみな」
隼人くんは長い足を曲げて杏ちゃんが歩いて来るのを待ちながらにこにことしている。
「可愛い?」
「うん、可愛い可愛い」
「ふふふふー」
両手を広げた杏ちゃんが、もの凄くいい顔で笑う。
隼人くんも相好を崩したまま杏ちゃんの頬にちゅっちゅとキスをしまくって……どんだけラブラブよ。
片腕でひょいと抱き上げられた杏ちゃんは、隼人くんのネクタイを掴んで小首を傾げる。
「隼人ちゃん、まだお仕事中?」
「いいや? さっき日本に着いたばかりだったんだけど、親父のトコ行ったら杏たちが七夕やってるって聞いたからそのまま来た。今日はこの後はお休み」
「ホント? 一緒に帰る?」
「ああ、伊吹を待って皆で帰ろうな」
「うん!」
微笑ましい。
ほけっと見惚れていたら、隼人くんと目が合った。
「この服、着たまま帰っても大丈夫です?」
「は? ああ、ええ。おウチの方はまだ見ていないので、そのつもりです。」
「へえ。粋な事するなあ」
いやいや。家庭で用意してもらおうとすると、親御さんの仕事の都合とかで既製品になっちゃう子とお手製になっちゃう子がいて色々面倒だからこっちで用意させてもらったんだけどね。
なんて後ろ向きな事情を話せる筈がない程のいい笑顔。
やっぱり見惚れちゃうわーとか思っていたら、隼人くんは少し考えるように目だけで天井を見上げて徐に携帯電話を操り出した。
「あ、隼人だけど。敏郎さん、笹って手に入る? そうそう……って、何だ知ってたのか。花火? んな時間だったら紗妃が無理じゃん。あ、何。俺が帰るからって? 了解了解、ならチビ共連れてモモのトコ行ってる。ああ、んじゃ」
うわ、整った顔がデレデレになった。
電話を切った隼人くんは杏ちゃんの顔を覗き込んでにぱーっと笑う。
「杏、家で七夕やるぞ」
「花火も?」
「ああ。敏じいが笹飾ってくれてるし、じいさんが花火を用意してくれてるってさ」
「紗妃も起きてる?」
「昼寝いっぱいして待ってるって云ってたぞ。皆仕事が終わったら来るから、花火はそれからな」
きゃーっと杏ちゃんが隼人くんの首にしがみ付く。
いつもお迎えのご家族が決まっていないこの一家。どういう順番で来ているのかは分からないけれど、かなりの人数が近くにいるらしい。
と云うより、私達には詳細に繋がりが分からない"家族"は何人なのかは当然分からない。親戚とも違う人もいるみたいなんだよねえ。
それでも、今時子どもの行事に集まるっていうのが凄い。
笹や花火を用意して、どんな七夕になるのか興味があるわあ。
「ほら、杏だけ眠たくなったら嫌だろう? 昼寝の続きして来い」
「ええー、隼人ちゃんはあ?」
「ちゃんと待ってるから。蓮と一緒に寝て来いよ」
「んー」
杏ちゃんの唇が尖る。
まあ、さすがに一緒にどうぞとは云えない。他の子もいるからねえ。
「あれ、お前羊百まで数えられた?」
「数えれるよお」
「じゃあ千に挑戦だな。起きたらどんな羊がいたか教えろよ。帰ったら絵に描いて見せっこするか」
「隼人ちゃんのも?」
「飛行機の中で数えたからな。俺のはすごいぞー」
「杏のもすごいもん」
「よし、じゃあチャレンジして来い。ちゃんと目え閉じて数えるんだぞ」
「はあい」
パンとハイタッチするように隼人くんと掌を合わせて、杏ちゃんが教室に戻って行く。
ひらひらと手を振って見送る隼人くんは、教室のドアが閉まると立ち上がってにっと笑った。
「じゃあ、児玉先生まり子先生、もし忙しくなかったらお茶しません?」
わ、背後に部長がいたのをすっかり忘れてたよ。
私も二人の様子に見入っていたけれど、どうやら部長も同じだったらしい。
はあという溜め息を吐きながら、うんうんと頷いている。
「……隼人もお兄ちゃんだねえ」
「いや、児玉先生。そこまで感心されると複雑だけど」
「感心感心。ご褒美に美味しいお茶菓子でも御馳走しようかね」
「マジ? ラッキー。昔っから児玉先生の机の引き出しの中におやつ入ってたの知ってんだよね」
変わってないね、先生。なんて云われてますけど。
噴き出しかけた私は部長の睨みから顔を背けて先に歩き出す。
「お茶淹れますね」
好青年とお茶が出来る上に、どうやら上司の過去も聞けるチャンスなんてそうそうない。
役得役得と足取りが軽くなる私に罪はないだろう。
お昼寝の教室には他の先生もついているし、抜け駆けだと責められるのは後の話だ。
時々こんなラッキーに恵まれる。
御堂家の双子の担任でよかったなあとしみじみ思う。
ちなみに後日、家族が集まった七夕の写真を見せてもらった。
……金持ちってハンパない。
そんな感想は胸にしまっておいた。
*** Fin ***