白い世界で呼吸をした。
吐き出される白い呼気が空に上ってゆくのをどこか他人事のように眺めながら、墨を溢した様な夜空に散らばる星の瞬きに目を細めた。
宇宙の遥か遠くから届いた光が、この地上に弱々しく降り注いでいる。
もしかしたら、今この瞬間、私が見詰めているあの星は消えてなくなっているのかもしれない。
けれど、地球の夜空からその星の光が消えるのは、もっとずっと先のこと。
当たり前のようで、何億光年という非現実な数値は、私にとって遠い国の御伽噺のようだった。
「今日は、牡牛座の噺をしようか」
隣で同じように夜空を見上げていた彼が、静かに口を開いた。
無数に散らばる星の中から星座を見付け出すことは容易ではなく、私は濃紺の空に視線を滑らせながら首を傾げた。
「…牡牛座?」
「オリオンの三つ星を結んで、北西に伸ばしてごらん。…ほら、あそこ」
暗闇でも分かる、白く綺麗な彼の指の先を辿ると、一際輝く星の集まりが見えた。
集まった星をつなぐと、勇ましい牡牛の頭角が浮かび上がった。
彼は、色んな星座を呼吸をするのと同じように見付け出すことが出来る。
この広大な海のような濃紺の夜空は、彼にとっては美しい絵本のような世界なのかもしれない。
「フェニキアという国には、エウロパというとても美しい王女がいました。ある日、エウロパが海辺で花を摘んでいると、どこからか雪のように真っ白な美しい牡牛が現れました」
凪いだ水面のように穏やかな声音が、私の鼓膜をやさしく揺する。
彼の声は心地好い。彼の声そのものが御伽噺のように、子守唄のように、私の意識をやわらかい微睡みに沈めてゆく。
いつまでも聞いていたいのに、瞼が重くなり、目を閉じて身をゆだねてしまいたくなるような、そんな声。
「…日生?」
彼の声が私の名前を呼ぶ。
ゆらゆらと揺蕩う意識の中で、散らばる星と、微かに触れた指先から伝わるあなたの温もりに、心が揺れた。
「眠い?」
「…ううん。もっと、きかせて」
聞いていたいのに、意識とは裏腹に瞼を開けていられない。
今目を開けたら、視界いっぱいに美しい星空が飛び込んでくるんだろう。
御伽噺の牡牛座も、きっとよく見えるはずだ。
そう思うのに、薄い繭のようなもので包まれた意識が、濃紺の世界に沈んでゆく感覚に抗えない。
ふと、やわらかに微笑む気配と共に、身体が温かいもので包まれた。
ふわふわとした手触りから、彼がブランケットをかけてくれたことを知る。
「少しだけ、眠ればいいよ」
小さな声で御礼を言おうとしたけれど、それすら曖昧に空気に溶けていったようで。
彼が隣に居るというだけで、こんなにも心が安堵している。
目が覚めたら、御伽噺の続きを話してもらおう。
心の中でそう決めて、私は彼の肩にもたれかかった。
「おやすみ」
甘やかな声音に誘われるように、私の意識は深く深く沈んでいった。