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今回表示される短文はベク遊です。




 そこにはいつも夏があった。夏と共にあいつは俺の前に現れ、驚くべきことに俺の世界を塗り替えた。あいつと共に訪れた夏というものは、海の上をぼんやりとかもめが飛んでいるような、それぐらいの、実に平々凡々とした季節であったが、故に鮮烈で眩しかった。
 あいつは夏を引き連れていた。従えていたといってもいい。夏の覇者、いや、支配者か。つまりは、真夏を司る太陽のようなやつだったのだ。
 しかし、俺がそう言うと、奴はきまって俺を指さし、「そうかなあ。夏って、お前のことみたいだ」と言うのだった。
「なぜ」
「だってさ、真月が夏を連れてきたんだ。俺にとっては。去年の夏は……そんな感じだった」
「そりゃ、たまたまってやつだろ」
「真月の髪の毛、お日様みたいだ、母ちゃんに似てるって。思ったから」
 遊馬が振り返る。波打ち際、永遠に続いていく海岸線をバックに、あの血の色をした瞳、永劫俺の手に入らなかったもの、胸をかきむしりたくなるような慟哭が俺を見据えている。
 遊馬の視線にあてられたところだけ、真夏の太陽を直に浴びたみたいになり、ひりひりとした灼けつく感触に眉をひそめた。熱さに反して、身体に広がる熱は、この土地特有のじっとりした感触によく似ていた。頬が汗でもかいたかのようにじめじめする。
「俺の夏は真月零ではじまった」
 頬を水が伝った。多分しょっぱいのだろうが、俺は絶対にそれを舐め取りたくなんかなかった。代わりに、遊馬が勝手に人差し指を伸ばす。俺の了承を取る素振りもなく水滴をすくい上げた遊馬は、当たり前のようにそれを口の中に取り込み、あの赤色を俺にまっすぐ向けたまま「しょっぺえ」と顔をしかめて見せた。


/夏の支配者



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