お礼SS(脱衣篇 その2)


「とっとと脱ぎなさい! 蜂を甘く見て命を落とした連中は大勢いるのよ!あんた、死んでもいいの?」


 事件はそう、いつものとおり、SOS団の部室で起こった。

 「おーす……と、ハルヒ、おまえ一人か?」
「そのようね」
 誰だって、こんな天気のいい日に、わざわざ好き好んで、影が多くてどこか湿っている感じがする旧校舎に、それも学校一奇天烈な連中がそろった、このSOS団(によって占領中の文芸部)部室になど、足を運びたくはないだろう。ところが今日は、そのSOS団のメンバーすら顔を見せていない。はて、何かあったか?
「みくるちゃんは風邪、古泉君はバイト、有希はさっき血相変えたコンピ研に引っ張って行かれたわ。あの様子だと当分、戻って来ないわね」
 おれの心を見透かしたかのように、ハルヒはおれの脳裏に浮かぶ疑問符たちを、一撃でもって撃ち落とした。多分、主翼の端っこに撃墜数を誇る星の印などつけているのだろう、このSOS団一の攻撃力と闘争心をもった団長様は。おれのうなりともつぶやきともとれる声は、今頃床の当たりに無惨に転がっているに違いない。
 ほおをついたハルヒは物憂げでもあり、腹立ち気味でもあり、総じてご機嫌はたいそう麗しいとは行かない様子だった。
 そこに、おれなんぞが、のこのこ単独で乗り込んで来たもんだから、こいつの攻撃対象は必然的におれであり、なんてことをぼんやり考える暇さえ与えず、ハルヒは団長席を飛び越え、おれの首っ玉にかじりついてた。いてえ!

 「ち、ちょっとキョン! なんとかしなさい!!」
 なんとかしたいのはこっちだ。それもひとつじゃないぞ。おまえの踏んづけてるおれの右足だとか、圧力が高まって圧力ピンから蒸気が漏れそうな「男の本能」だとか、なんかそういうのを、何とかしろってのはこっちのセリフだ、ハルヒ!
「アホキョン! 音が聞こえないの!?」
ってラップ音か? んがああ、ってぼけたつもりも無いのに、ツッコミは頭突きかよ!
「蜂よ、蜂! ああ、この羽音は、間違いないわ、キイロスズメバチよ!」
こいつ、おれの昆虫少年の華麗な経歴を差し置いて断言するとは不届き……、ハルヒ、おまえ、異様に怖がってないか? たしかにスズメバチは友好的な虫とは言えんが、山に生息するオオスズメバチじゃなかっただけマシというもの……
「子供のとき刺されたの!! あんたに言わなかった!?」
そういや聞いた覚えがあるような、ないような。
「あんたは、常日頃、団長の話をどういう態度と心持ちで聞いてる訳!? ああ、キョン、なんとかして、早く!」
 いつになく恐がりうろたえるハルヒを見ると、新鮮な感動を覚えたが、だがキイロスズメバチとはいえ、放置はできん。まして一度刺されたやつは、アナフィラキシーショックを起こす可能性だって低くないからな。
 「わかったから、首から手を離してくれ。追い出すにも、これじゃ動きがとれん」
「あ、わ、わかったわ」
 背丈が3メーターほど有る奴なら、部室のある2階の窓から、雑用係によじ上っていた有り難い(めったにない、という意味だ)団長の後ろ姿が眺めたかもしれんが、そういうカメラ・アングルは、今後も許可しないからそのつもりで。
 あー、それはさておき、おれはハルヒを出口に下がらせ、団長席の後ろにある窓をあけ、準備万端整ってから、なるだけ穏便に、スズメバチにはお引き取り願う作戦に出た。すなわち、持久戦である。
 「い、いつまで待ってるつもりよ!」
「あー、まあ、入って来たくらいだから、そのうち出て行くだろ。下手に追い立てると、攻撃本能むき出しで反撃してくる恐れもあるからな」
「それは、そうだけど……団活にならないじゃないの!」
「どうせ今日は、二人だ。鍵締めて帰るか?」
 これがいけなかった。
「あ、あたしに蜂ごときに背を向けて逃走しろっていうの! 冗談じゃないわよ! もういい。あたしが……」
「こら、まて。落ち着け。長いものを、こんな狭い、というか、ごちゃごちゃいろいろ置いてあって手狭になってる部屋で、バカ、後ろを見ろ、あぶないだろ! だから振り回すなというのに!」
 ハルヒ御前が振り回す長刀ならぬボロほうきは、蜂にではなく、おれに3度ほど当たった後、窓の横の壁を叩き、ハルヒの手をしびれさせた。いつものこいつの運動神経と反射神経なら、蜂くらい箸でもつかんでしまいそうだが、恐怖心とはかくも人を変えるものか。って、あぶない、ハルヒ!!

 あわれな雑用係は、めがけて突進してきた蜂から団長を守るべく、覆いかぶさるように、いや実際覆いかぶさって、自らの身を生け贄に捧げたのであった。

 痛っ!!

 「い、いつまで、襲いかかってんのよ、押し倒してんのよ、エロキョン!! ……って、顔がマジよ、あんた。え?どしたの? ちょっと、キョン、答えなさい!!」

 わめくな。蜂に刺されただけだ。犯人(蜂)は、それで満足したのか、窓の外に飛び出して行った。
 結果オーライ、なんとか団長様を守り切ることができた訳だが、……ほんとにいてえ!


 ● ● ●

 そして、話は冒頭のハルヒのセリフに戻る。

 「脱げ、脱ぎなさい! とにかく脱ぐの! あんた、死んでもいいの?」
 おまえはどこのグラビア・カメラマンだ? ヘア・ヌード仕掛人だ?
 たしかに、めちゃくちゃ痛いし、刺されたところが熱をもってきてる。だが、死ぬ、ってのは大げさだろ? 
「あ、あたしは嫌だからね!」
 ええい、泣きながら服で拭くな。というか服を剥くな。おれも死ぬのはご免こうむりたいが、もし今誰か部室に入って来てみろ、剥かれて裸にされてるってのも、生物的にはともかく、社会的に死ぬような気がするぞ。
「あんたが、マヌケなところを刺されるのが悪いんでしょうが!」
 マヌケで悪かったな。
「使いものにならなくなったら、どうすんのよ!?」
 剥くなと言ってるだろ! だいたい、おまえ、手馴れすぎてるぞ!!
「きゃあ!!」
 剥いといて、悲鳴上げるな! 何故だかへこむぞ。
「あ、あんた、なによ、そのぽこんとしたおなかは!?」
 ああ、正月、食いすぎたらしくってな。おまえのとこのおせちとか。
「出る腹打たれるって言うでしょ! この世にメタボの栄えたためしなし!!」
 出る杭だろ? メタボって言いだしたのは最近だし、その割には結構栄えてる気がするぞ。
「うっさい。男子高校生の腹じゃないって言ってんの!」
 少女漫画体型の高校生なんて、リアルにはそんなにいないぞ。
「それをいうなら少女漫画体型の女子高生でしょ! なんで太股と足首の太さがほとんど同じなのよ!どこのドラミちゃんよ!」
 事実関係として間違ってる。藤本先生は草葉の影で泣いておられるぞ、きっと。
「しずかちゃんの入浴シーンはどうなんのよ!? ドラえもん所持してるだけで児童ポルノ法違反!? ヲタクなら立ちあがりなさい!!」
 ハルヒ、アジテーションの途中すまんが、シャツ着ていいか?
「わ、わかったわよ。そのかわりズボンをよこしなさい」
 ホワイ? なんだって?
「だいたい、あんた刺されたの、太股でしょ。なんで上脱いでるの? もしかして誘ってる?」
 な・に・を・だ!? だいたい、お前が剥いたんだろうが!
「とにかく問題はあんたの下半身よ!」
 メタボはちょい役かよ。あと、言い方が語弊を招くだろ!!問題の所在と責任をごっちゃにする奴がいたら、どうすんだ!?
「針抜いて、毒も吸いだすから、そこに横になって」
 なんか違う種類の毒が脳に充満しそうだ。
「そっちは、後でグーで殴って寫血(しゃけつ)するから」
 それはただの鼻血だろ!?脳関門をどうやって抜けてくるんだ?
「あんたのエロ・ドーパミンなら可能だわ」
 エロにドーパミンもセロトニンもあるか!? いや逆だ、ドーパミンにエロもグロもあるか!?
「ちょっと、キョン! なにトランクスなんか履いてるの?なまいきにも程があるわ」
 ほっとけ。男はおしめがとれたらブリーフを、自意識が芽生えたらトランクスを、はくときまってるんだ。だいたいブリーフはいてる男を、変質者以外のキャラで、18禁じゃないアニメに出せるか?(ブリーフ派の方、ごめんなさい)
「ややこしいから、メタな言い訳はやめなさい。しかも長い。さあ、それも脱いで」
 ま、マジ?
「妖刀村長と書いてマジよ」
 ちょっとまて!ソンチョウとしか読めんぞ!
「そんなことは、どうだっていいのよ!」
 いや、確かに全くどうでもいいことなんだが。
「考えてみなさい! あんたとあたしが逆の立場だとしたら?」
 え? いや、ちょっと待て。
「そうしてある間にも、毒が回って死んじゃうかもしれないのよ!」
 いや、そういうタイプの毒じゃないだろ。だが、しかし、いや、……本心からハルヒを助けたい。本能ではハルヒをあーしたい、こーしたい。……利害が一致した!!
「でしょ、でしょ!!」
 頭の上に電球を浮かべてる場合か!? ハルヒ、さっさとやっちまってくれ。
「ようやく覚悟が決まったようね。いくわよ、キョン、観念しなさい!!」


わっふる、わっふる













 そうして二人は末永く幸せ(と書いて「バカップル」と読む)に暮らしました。しかし私には何もくれなかった(イタリア民話のしめの慣用句)。

(おしまい)



「こ、こら、キョン! なんなのよ、これは? ちょっとは遠慮しなさい!」
「で、できるか!」



……リメイクっていうより、リストラ(クチャー)になった。   orz


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