三月くんは、太陽みたいだ。
 これは私が彼に抱く勝手な自論みたいなもので、ほかの三月くん担が同意しようがしまいがどうってことはない。勿論、三月くんが同意してくれなくても構わないのだ。これはエゴで自己満で、私の理想で望みなのだから。
 彼が笑うと周りの人たちも笑顔になって、彼の笑顔を見れば私も、そして多分彼のことが好きな子も笑顔になれる。胸がポカポカと温かくなって、幸せ……とはまた違うかもしれない、でも、それに似た感情に包まれる。それが太陽と言わずして、何と表現すればよい?
 アイドリッシュセブン。このアイドルグループを知ったのは、彼らがデビューしてから少し経った頃だった。Joker Flagがシングルとして発売されたことで音楽番組への露出が増えた彼らを、たまたま見た。
 当時の私といえば、音楽に対してはさほど興味というものがなく、世間でよく流れている曲や人気のグループなどを名前だけは知っている、というレベル。音楽自体は嫌いではないし、過度な表現をして笑いを誘うようなバラエティを見るよりもよっぽど有意義だと思い、BGM程度につけていたその番組で、私は運命とも呼べる出会いをしたのだった。
 グループのセンターは歌が一番うまく応援したくなるような言動をする七瀬陸くん。だが、その曲では七瀬くんともう一人が、センターのような立ち位置にいた。それが誰か、なんてもう言わなくてもわかるだろう。
 メンバーの中で一際キラキラした笑顔で歌い踊る彼は特別何かに秀でている、というわけではなかった。でも、そんな彼に私は一番共感した。今となれば「共感」なんて言葉、失礼に値するけども、それも彼がアイドルでありながら私たちのようなただの「何にもなれなかった者たち」に一番近い存在だからだろう。
 彼が輝いていてくれれば、私も輝ける気がする。彼の頑張っている姿を見れば、私も明日を生きる気力になる。頑張れる。そうしていつの間にか、私は三月くんを好きになり、アイドリッシュセブンというグループを好きになり、世界が広がった。
 彼らの情報を追うためにSNSをよく見るようになった。
 音楽番組は前より真剣に見るようになったし、そのおかげで他にも好きだと思える音楽に出会えた。
 三月くんが出演しているバラエティを見るようになった。
 そして、何より大きいのは、同じアイドリッシュセブンが、三月くんが好きだという気持ちを共有できる友達が増えた。
 新しいアルバムが発売されたことで開催が決定した全国ツアー。仕事を調整し、壮絶なチケット戦争にも何とか勝ち抜き全通を決めた私は今日も夜行バスに揺られて見知らぬ土地に降り立つ。こんな大それたこと、十数年前の私が知ったらきっと卒倒するだろう。
 開演までの時間を身支度やら疲れを癒すために使っていればあっという間で、気づけば私は席につき胸を高鳴らせていた。何度経験してもなれない開演までのこの興奮を鎮めるために携帯を起動させては電源を落とし、また起動させる。何度かそれを繰り返した上で、私は自身のSNSに一言、呟いた。
『三月くんは、太陽みたいだ』



 さすがに何回か通ったライブなこともありセットリストに大きな変化はないが、それでも合間のMCや細かなパフォーマンスの違いで毎回気持ちはリセットされる。ライブはナマモノだ。一度行けば満足、という人も、そもそもライブ自体に興味がないという人もいるが、そんなの私からしてみれば勿体ない。こんなにも新鮮な気持ちで楽しませてくれる彼らを見逃すなんて、少なくとも今の私にはできないことだった。
 それに、今回のツアーは各箇所で絶対に変化が起きる内容になっていた。
 MEZZO″のターンが終わり前半戦と後半戦の丁度真ん中。照明が一度落とされてしばらく拍手だけが響くだけの空間に、ふっと一筋のスポットライトがステージを照らす。今日、その光の下にいたのは――
「こんばんは、今日はありがとう」
 途端、会場は七色の光からオレンジの一色に包まれる。客席から見ても綺麗なそれは、ステージから見たらどんな風に見えるのだろうか。
 客席をぐるりと見渡し、それからニッコリと微笑む三月くんはゆっくりと口を開いてぽつりぽつりと喋り始めた。それは、いつもテレビの向こう側で見るような軽快なトークとは違ってどこかたどたどしく、だからこそ三月くんの心からの言葉なのだと伝わって、私は胸がいっぱいで鼻の奥がツンとするのだった。
 そして、歌に入る直前、私の涙腺はその「一言」でついに耐えきれなくなってしまう。
「今回のツアー、実は毎回始まる前にSNSでエゴサしてるの、オレ。前はそれで傷ついたこともあったけれど……でも、今は全部を受け止めるだけの余裕ができたというか……。でね、今日も見ていたらこんなこと言ってくれてるファンの子がいた」
「『三月くんは、太陽みたいだ』」
「素直に嬉しかった。ファンの子にとって、オレってそんな大きな存在になれているんだと思うと、すげー誇りに感じた。でも、オレにとってはここにいる……いや、今日ここに来れなくても応援してくれているみんなの方が、太陽だと思ってます。
 こうしてみんなが照らしてくれるおかげで、和泉三月はアイドルになれました。みんなが照らしてくれるから、愛してくれるから、オレはこうしてみんなに歌を、気持ちを届けることができます。だから、今日はいつも応援してくれるみんなに心を込めて歌います。聴いてください――」
 涙で見えなかった景色でも、私はこの日のことを一生忘れないだろう。
 三月くんは、太陽だ。
 そして陰ながら応援するだけの私も、私たちもまた、彼の太陽になれるのだ。胸が温かくなり溢れ出る感情、それは紛れもない、幸せだ。



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