紅く、というよりも、もう茶色に近くなった葉っぱが、森林公園の遊歩道に散乱している。つい最近まで「暑い暑い」とぼやいていたのに、もう次の季節も終わろうとしているのだから、季節の移り変わりというのは遅いんだか速いんだかよく分からない。
風に飛ばされて池に舞い落ちていく葉を眺めながら、今の部屋に住むようになったのもこれくらいの時期だったなと思う。つまり、今現在の同居人に出会った季節だ。彼と知り合ってから一年ということが、ちょっと信じられない。最初の頃はあまり顔を合わせることがなかったせいか、もう一年という気もするし、最近になって日に一食くらいは共にしているからか、まだ一年しか経ってないのかという気もする。
同居人のふわふわした笑顔(というか地顔)を思い出しつつ焼き芋にかぶりついていると、後ろから当人の声がして、俺は芋をのどに詰まらせそうになった。
「俊平くんがいいもん食べてるー!」
「っ、中戸さん!? いつからそこにいたんですか。てか、何してんですか」
中戸さんは、驚かせてごめんと手刀を切りながら隣までやってきた。
「今追い付いてきたとこ。そろそろ俊平くんがバイトから帰ってくるかなーと思って、あっちのコンビニで待ってたんだ」
そう言って、歩いてきた方を指さす。
「は? 俺を? また何で?」
「うん。今日俊平くん、バイト栗城と変わって日勤だから五時までだって言ってたでしょ。俺、今朝インキーしちゃってたみたいで、俊平くん帰って来ないと部屋入れなくて」
鍵を家に忘れたことは割とすぐに気付いたそうなのだが、俺がまだ家にいるからいいやと思ってそのまま大学に行ったのだという。
「インキーって……」
俺は自動ロックか。
一緒に紅葉を見ながら歩こうと思って、なんて甘い答えが返ってくると期待していたわけではなかったが、あまりに情けない返答に俺は呆れた。なんでこの人は、家にいる時はきちんと鍵を掛けているのに、出掛ける時には忘れられるんだろう。
「でも待ってて良かったな。池に映る夕陽ってきれいなもんだね」
こんなまじまじと見たことなかったと、中戸さんは池の周りに設えられた木製の柵に手を掛けた。黄色や橙色の絵具でも融かしたように、池がオレンジに輝いている。水面に反射する光のせいで、さっきまでより辺りが明るく感じる。
「芸術の秋ですか」
言って焼き芋を頬張る。こちらも鮮やかな黄金色だ。すると、
「俊平くんは食欲の秋だね」
と笑われた。が、すぐに中戸さんの腹がきゅるきゅると訴えかけてきて、俺は今度は芋を吹き出しそうになってしまった。
「中戸さんの腹も食欲の秋ですね。良かったら食います? 帰り際に栗城がバイト変わってくれた礼だって持ってきてくれたんですよ」
「いいの?」
「いいですよ」
言いながら口を付けた部分を手で取ろうとしていると、中戸さんは「ありがとー」と言うや否や、俺が持ったままの芋にかぶりついてきた。突然のことに、俺は当たり前のように驚いて芋を取り落としたが、中戸さんは平然と(自分がやったんだから当然か)芋をキャッチして「危ないなー」なんて言っている。
「ちょっ、横着しないで自分で持って食べてくださいよ! びっくりするじゃないですか!」
「ごめんごめん。さっきからびっくりさせてばっかだね」
そう言って芋を返してこようとするのを、残り全部あげますよと辞退して、マンションに向かって歩き出す。
中戸さんは平気で俺の齧ったところを食べていたが、おれは中戸さんの食べかけなんて顔色を変えずに食べられる自信がない。夕陽でごまかせるレベルで済むとはとても思えないのだ。
中戸さんも、芋に目を落としながらついてくる。
「いいの? まだ結構残ってるよ」
「いいですよ。もう半分以上は食べてるし。中戸さんに食欲の秋が来たことは喜びですしね」
中戸さんは夏場に体調を崩し、割と最近まで食べ物は無理矢理詰め込んでいた感があるのだ。腹の虫が主張するようになったのは、本当にありがたいことである。
中戸さんは、ありがとうと言って芋を頬張った。ほくほくと顔を綻ばせて、うまいと呟く。栗城は安納芋だなんてほざいていたが、中戸さんが食べられるなら普通の金時芋かもしれない。栗城のくれた芋はたしかに甘かったが、安納芋はフルーツ並みの甘さだと聞く。中戸さんは甘いものが苦手だ。
「ま、俊平くんが喜ぶなら食欲の秋は否定しないけど、俺的には、秋と言えば、食べ物より俊平くんだけどな」
「え、俺?」
思わず中戸さんの方を見る。夕陽に縁どられた横顔は、焼き芋みたいな黄金色だ。
「うん。俊平くんがうちに来たの、去年の今頃でしょ」
すぐに顔を逸らせなければと思ったがもう遅い。そこら辺の木々より紅葉しているかもしれない俺に、中戸さんはふうわりと微笑んだ。
「あの時は後光が射して見えたよ」
鮮やかに暮れゆく太陽を背負って。