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 彼はその名が如く、逆さのまま眠っていた。
 足を木の枝に引っかけて、腕を組んで。
 暗い黒の瞳を、今は閉じて。
 彼は眠っていた。
 蝙蝠の名が如く。
 逆さまにぶら下がって。

 通常、眠りと言う行為は、体を休める為の行為だ。
 体を休めるには、臥せるなり横たえるなりするのが、一番効率が良い気がするのだが。
 逆さ吊りという体勢は、お世辞にもその目的に添ったものではないはずだ。木の上で眠りたいのであるならば、枝に体を横たえればまだ多少は楽であると思うのに。

 気まぐれに、手を伸ばす。
 口元を隠す、その布に指をかけて、ゆっくりと、引き上げる。
 まず、鼻筋が現れて、ややあって固く結ばれた唇が現れた。
 その微かに色付いた唇を、指先で撫でてみる。
 柔らかく弾力のある感触が指先から伝わった。
 それが少し意外だったので、試しに己のものにも触れてみたが、似たような、が、彼のそれよりずっと柔く弾力性に富んだ感触がするだけだった。
 何と言うことはない、普通の唇であること、それはやはり意外に思うと同時に、彼らしい、とも思う。

「………何の用だ?」

 唐突に、先ほどまで貝のように硬く結ばれていた唇が、目の前で動いた。
 少し、視線を落すと、暗い黒の人見が此方を見下げている。

「寝込みを襲うたぁ、聖者のやる事じゃねぇぜ、真庭喰鮫」
「失礼ですね。わたくしはそんなつもりはこれっぽっちもありませんよ?」
「あんたにその気が無くても、こっちが気持ち悪いっての」

 半身で反動をつけて、蝙蝠は身体を起こす。
 足を引っ掛けた枝を軸に、クルリと半回転し、ぶら下がっていた枝に今度は腰掛けるような格好で、喰鮫を今度は本当に見下ろした。

「ただ、変った格好でお眠りになっているものだと、少々興味深くなっただけです」
「こんな里の辺境まで人の睡眠を邪魔しに来といて、それだけかよ」

 ハンッと鼻を鳴らしながら、蝙蝠は口の下まで下がってしまった布を元の位置にもどす。
 それが少し、残念に喰鮫は思った。
 そんな喰鮫に、蝙蝠は再び一瞥を加えると、そのまま何も言わずに枝を蹴り、その場から立ち去った。

「…………ああ」

 一人残された喰鮫は、小さく嘆息する。

「…何故でしょう…とても、悲しいですね、悲しいですね、悲しいですね……」




初代喰鮫さんと初代蝙蝠さん
蝙蝠さんって喰鮫さんの事あんまり好きじゃなさそうだな〜と思っていたり





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