望遠鏡を覗いた空は、黒い。
 星というものは遥か昔に燃え尽きてしまった。
 月は燃え尽き、夜空は深すぎる藍一色に塗りつぶされている。
 昔は空に川が流れていたというのは、本当なのだろうか。

 空の星は、人の願いの数だと昔に聞いた。
 その頃から空は今と同じすべてを塗りつぶす黒色で、だから夢を見れなかった。

「おにいちゃん、お星様はいっぱい出てるかしら」
「あぁ、たくさん出ているよ。キラキラ……光ってるよ」

 この絶望を眺めることができない妹がいる。
 この夜空を眺めることが叶わない妹がいる。
 生まれたその瞬間から永遠に光の失われた妹は、まだ空には星が輝いていると信じている。
 きっと彼女の胸の中にはきらきらと希望と夢が輝いているのだろう。
 僕が持つことが敵わなかった夢を、たくさん抱いているのだろう。

「お月様は出ているの」
「お月様は出ていない。今日は新月だから」
「そうなの」

 妹の夜空には月も星もある。
 けれど僕の目にはそれは映らない。
 僕と妹は同じものを見ることができない。
 だから、僕は見ている振りをする。
 夜空に輝く星も、冴え冴えと夜空を照らす月も、僕は見えている。

「あれが北斗七星だよ」

 見えないことを分かっているから、僕は妹の手をとって何もない真空を指差す。
 旅人の指針とされた北斗七星がどこにあるのかなんて、僕は知らない。
 けれど、妹にはきっと見えている。僕と一緒に指を指した星を見ている。

「綺麗ね」
「人々の希望が詰まっているからね」

 僕には星が見えない。僕には希望が見えない。
 妹には星が見える。妹には希望が見える。
 けれど本当に果てしない祈りを捧げて夢を見ていたのは僕のほうだった。

「ありがとう、おにいちゃん」

 彼女がそう言ったのは、よく晴れた日だった。
 相変わらず空は真っ暗で、黒いペンキで塗りつぶされたような空を僕たちは見上げていた。
 妹は今日も星が見えていて、僕は今日も星が見えていないと思っていた。
 思って、いた。

「私のために、嘘をつかせてしまったわ」

 その日、僕は始めて妹が夢を見ていないこと知った。
 空には星も月もなく、ただ絶望に似た真っ黒い空があることを知っていた。
 初めから知っていたのか、あるいは途中で気づいたのか気づかされたのかはしらない。
 彼女は、それでも夢を抱いて空を見上げていたと言うのか。

「本当は、空には星なんてないんでしょう」

 そんなことはないと嘘を言うことはできなかった。
 自分にできたことと言えば、肯定するような沈黙だけ。
 目の見えない妹は、僕を見て黒い空に吸い込まれてしまいそうな儚い顔で笑った。

「辛い嘘をつかせてしまって、ごめんなさい」

 ぽたりぽたりと泣く妹にかける言葉を持ち合わせていない。
 きっと本当に希望を求めていたのは僕のほうだ。
 目に見えない星を必死で探して、妹のせいにして願いを夢見た。
 妹を何も知らないと思って利用していた。
 僕が、星に、願いを、かけていたのに。

「星があんなに輝いているわ」

 そう言って空を指差しても、やはり目には何も映らない。
 暗黒の空があるだけ。
 絶望に似た色をして希望を塗りつぶしてしまう闇の藍色があるだけ。
 それでも。

「うん、そうだね」

 僕の答えは決まっている。
 まだ僕は、この黒い空に願いを、夢を、祈りを捧げている。
 星を探しても、針の穴ほどの希望も見つからないけれど。



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