ぽたりと、深紅の其れが地に堕ちる。
 提げた手は重く、まるで其れは人の命の重さの様。
 肉塊は不気味に痙攣を繰り返し、やがて死臭を漂わせて天を仰ぐ。
 
 斯うして私は、人の命を奪っていく。

 大それた理由は無い。
 誰かを護る為でも無ければ、何かを護る為でもない。
 自分が死にたくない。
 只其れだけの理由で、私は人の命を酷くあっさりと奪い取る。
 其の数はもう、数える事さえ叶わない。

「お侍様、有難う御座いました」
「何も礼を言われる事などしていない」

 偶然に、殺した侍は女を攫った者だった。
 人を殺しておいて感謝など反吐が出る。
 本来ならば私も、怯えられ恐れられ、敬遠されるべき存在なのだから。
 今は肉塊と化した物に私が為っていたかもしれないのに、偶然に拠って私は生きている。
 此の世は私にとって、偶然が積み重なって生かされているに過ぎない。
 けれど其の偶然は、偶然と云うには重過ぎる。

 命の重さは、私の細腕には少しばかり重過ぎた。

 侍の誇りだと云う此の刀は。
 武士の魂だと云う此の刀は。
 幾人もの血を吸い、幾人もの魂を奪った此の刀は。
 いとも簡単に、人を殺せる。

 冷徹な光を放つ、人の命を奪う為に生まれた其れ。
 怜悧に冴え冴えと、赤く刀身を光らせた其れ。
 其の役割を果たし続けるのが正しい行いだと云うのならば、圧倒的に間違っているのは私の方だ。

「泣いて居られるのですか」

 闇夜に掛けられた問い。
 其の女は、泣いているのかと訊いた。
 侍が人を殺して泣くと云うのか。
 侍が心を乱すと云うのか。
 実際、私は泣いてなどいない。
 流れたのは、私では無い人間の血液。

「泣いてなど居らぬ」
「泣いている様に思えます」
「泣いてなど居らぬと云って居る」
「ならば、貴方様のお心が」

 人の命を奪うのが侍の特権ならば、人の命の重さを知るのも侍。
 其の為に、無為に奪った命さえある。
 けれど奪った命の為に後悔はしないと決めた。
 奪った私が後悔すれば、奪われた者が報われぬ。

 だから、後悔はしない。
 けれど、奪った命は重い。

 幾度、其処に転がるのが己ならば良かったと思っただろう。
 幾度、奪った命の重さに己の血を此の刀に吸わせようと思っただろう。

――あぁ、だから。

 だから侍は刀を抜く。
 いつか自分の魂を誰かの刀が刈り取り、命を吸ってくれるのを待って居る。
 自分を罪から解放してくれるより強いニンゲンの皮を被った化け物を、求めて居る。

「私は泣き等せぬ」

 いつか来る私の命が刈られる日まで、重い腕をぶら提げて生きるのだろう。
 幾つもの血を被り、幾つもの魂を吸い。
 いつか、私が斃れる迄。



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