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かつてははらはらと舞い落ちる薄紅色のそれをみて、句を捻り。
さわさわと鳴る梢の音に耳を澄ませ、子は涼みながら夏の夢を見た。 色の薄い葉が散るのを見ては風流だといい、雪化粧の枝に芽吹いた新芽に春の期待を寄せ。 そうして、移り変わる四季があった。 幾度、何億と、花は散り、蕾をつける。 ひとつ季節を廻るたびに、一人、また一人と人は欠けていく。 それを、彼は見ていることしかできない。 人の一生とはなんと儚いことだろう。 ただ生まれ死に逝くヒトという生き物と共にありながら、彼は輪廻には交われず。 ただ、見ている。 けれど一つの命が終わればまた新たしい命が生まれ出でる。 そうして何度も何度も、彼の元で人々は暮らしてゆく。 幾度季節は廻ったか。 幾度の別れと出逢いを見たか。 もう彼には、分からない。数えることが愚かだと感じる回数を、彼は生きた。 人々は阿鼻叫喚し、空から落ちてくる凶器に逃げ惑う。 年老いた者は経を唱え、はぐれた幼子は泣き喚いて母を捜す。 その声すらも、光る凶器は一瞬にして燃やし尽くした。 けれど、彼だけはその場に立ち続けた。 そうして、かつての安らぎの地は彼を残して焼け野原になった。 幼子が昼寝をしていたその場所で、蛆の湧いた少年が事切れている。 社があったはずの場所には、傷だらけの女が裸で横たわっている。 自然の香りに包まれていたその場所は、気がつけば血と死の匂いが立ち込めていた。 それでも、彼はその場に立ち続けた。 あれほど儚いと彼に思わせたヒトは、儚いほどに強かった。 真っ更になった荒れ野には瞬く間に家が建ち、ビルが建った。 彼の立っている場所を除いて、その地は彼が知っている地とはまったく別のものになった。 人々は彼に見向きもしなくなり、せわしなくコンクリートの道を歩き交う。 車の吐き出す排気ガスが空気を汚し、いつしかの面影は欠片も残りはしなかった。 彼は何度も夢を見た。 在りし日の、人々がまだ空を見上げ花を愛でた遥か昔に。 彼はしかし夢を見れない。 社の主も、厭世として空へ昇った。 もう夢を見る価値のない場所だと、いつしか彼は思い始めた。 「あぁ、もう桜の季節か」 やって来たのは、男だった。 スーツを着たそれは目の前をせわしなく歩くヒトと同じ姿で、彼の前で足を止めた。 遥か昔に見たヒトと同じように空を見上げ、たった一人で薄紅の化粧をする彼を見る。 「花見なんて、もう何年してないな」 足を止めた男の独り言。 まだ彼が若い頃、己の枝の下で幾人もが集まって酒を酌み交わし句を謡いあい、むつみあった。 排気ガスの立ち込めるこの場所に、刹那の間だけ彼はあの日々を夢見た。 もう戻れない、あの日を思い出した。 僅か立ち止まっただけの男は、それきり俯くと彼の下から去っていく。 その後姿を見送って、彼は枝から薄紅色の花びらを落とした。 はらりはらりと、昔と変わらずにそれは舞い落ちた。 |
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