応援ありがとうございます! コメントへのお返事は「res」ページにて行っております。 (※ブラウザバックの後でコメントを送ると、正常に送信されない場合があります。また、絵文字を使うとそれ以降の文章が消えることがあるようです。) 以下よりお礼文。 『マニキュアの色名』をテーマに十人。 ----------------------------- 忘れないで / OSAJI 太刀川慶 広い宇宙へ出たあとも、私のことを忘れないでほしい。 地球がミデンと呼ばれていることを知り二年。私たちの世界は私たちだけのものではなくなって、宇宙はどこまでも広くなった。これは主観の話だ。井戸の中から宙を見上げるヒトたちに、飛び交う星々のことはわからない。星々はそんな私たちの元へ自ら降り立ち、高い井戸の壁を壊していった。大きな代償と引き換えにヒトは開拓の術を知る。 「遠征艇、どうだった?」 「造りはボーダー内部とそう変わらない。少し狭いけどな」 太刀川くんは斜め掛けバッグのベルトに指を挟みながら、帰り支度を整えている。ボーダーでの立ち位置を考えれば、彼が遠征のメンバーに選ばれることは時間の問題だった。けれど私たちはまだ十代で、学生で、子供だ。内部の作りが似ていようと、艇の外に広がるものは未知である。そこにはきっとさまざまな生があり、死がある。 「楽しみ?」 「観光じゃないぞ」 「それはそうだけど」 「まあ……楽しみではある」 覗き込んで問えば、太刀川くんは一応のところ体裁をたもち、それからすぐに本音を漏らした。事態の深刻さも、任務の重要性も、彼は当然わかっている。その上で遠足を待ちきれない小学生のような顔をするのだ。思えば遠足の楽しさだって未知への期待なのだから、人間の本質はいくつになってもそう変わらないのかもしれない。 「気をつけてね」 言霊を信じているわけではないが、ここで迂闊なことを言ってしまえばなんだか不安が増しそうで、私は当たり障りのない言葉しかかけられなかった。本当はしたい約束や、願いごとが星の数ほどある。 「おう。このメンバーなら頼もしすぎて逆に無茶したくなりそうだけど、迷惑かけるわけにもいかないしな」 歳は若いけれど、彼だってその頼もしいメンバーの筆頭なのだ。期待の若手が実戦でどれほど役に立つのか、上層部は目を光らせている。この遠征を機に、組織における彼の価値はますます上がるだろう。望むと望まざるとに拘わらず、太刀川くんはボーダーの主軸になっていくのだ。目を見張る速度で成長する同級生の男の子が、私は少し怖かった。このままでは、とんでもない高さまで届いてしまう。宇宙の果てまで行ってしまう。巡る星々の向こう側まで飛び去って、ついには帰ってこないかもしれない。 「忘れないでね」 夕暮れの商店街を歩きながら、私は小さく言った。彼はやはり斜め掛けバッグのベルトに手をかけながら「なにをだ?」と聞いた。 「……無茶しないこと」 どれだけ新しいものを見ても、私のことを忘れないでほしい。 どれだけ宇宙が広くても、それよりもっと大きな存在となって彼の心を占めていたい。今のところ、私のライバルは宇宙だ。顔を上げて一番星を睨む。 「怖い顔するなって。大丈夫だから」 太刀川くんは笑いながら少しだけ猫背になった。今度は彼が私の顔を覗き込む。この人はこんなに背が高かっただろうか。 「帰ってきたら……」 私はうっかり余計な約束をしそうになって首を振る。 「帰ってきたら、雪積もってるかもね。月末は冷え込むんだって」 「へえ。じゃあ雪合戦しようぜ」 これくらいならいいだろう。私はこくりと頷いて、一番星から目を離す。 「あと、帰ってきたらおまえに告るつもりだから、風邪とか引くなよ」 「は」 同級生はそう言ってやはり気の抜けた調子で笑った。神経が太いなと思うことはあるけれど、もしかすると彼には神経が無いのかもしれない。 「信じられない。なんでそんなこと言うの」 「え、俺いま振られてる?」 「そういうことじゃないよ。自分から変なフラグ立てるのやめて!」 「フラグって……気にしすぎだろ。まあ気になるならいま告るわ。付き合おうぜ」 「なにそれ」 彼の成長速度はすさまじく、また判断に迷いはない。だからいつでもどこでも、斬りたいものに刃が届く。私は見事に心臓を一突きされ、衝撃に従い立ち止まった。 「おまえのこと好きだと思う」 追撃に余念のない太刀川くんのとどめにより、私はこくりと頭を垂れる。 「わかった」 「まじで」 確信めいた顔で言ったわりに、太刀川くんは目を見開き柔らかそうなくせ毛をかいている。どうやら私でも、彼の未知になれるらしい。私たちは見つめ合い、それから同時に目を逸らした。一番星が青の中で輝きを増し、夕暮れが終わろうとしていた。 今なら星にでも手が届きそうだ。この瞬間を忘れたくない。忘れないで。忘れないで。何度も自分に言い聞かせる。夜の風が流れている。星の光る音がしている。 OSAJI(オサジ) アップリフトネイルカラー 302 『忘れないで』 |
|