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ダメなひとは戻るが吉。

Liquid #03 特別

「なあ、俺がお前とはじめに寝たときはこんなの必要なかったよな」
 したいことをするための一日がかりの準備を整えていたフォッグは、テーブルに並べた大量の果物を眺めながら、恋人に疑問をぶつけた。
 オレンジをひとふさくちに運んでいたルルドラが、手をとめてフォッグを見上げる。
「いまさらその話か?」
「なんかふと気になって」
 はじめのころ、ルルドラは軽く誘ったフォッグに軽いノリで応じてきていた。あっさり服を脱いでベッドに入り、余裕の笑みでことにいたったのを覚えている。ことの最中もルルドラははじらいやためらいもなく、くちでしたり入れたり入れられたりと、お互い気持ちよく楽しんでいた。
 液体系専門バーでのフォッグには浮気としか思えないRNAの交換行為だって、彼らはなんの準備もせず平然とやる。彼らの場合、本来挿入に不都合なはずの部分の潤滑も自前で行えるのでそれこそ準備なんてものは不要なのだ。フォッグも当初はそういう特性の恩恵にあずかっていたはずだった。
 それがいまや、一回やるのに大量の食事とたっぷりの睡眠、それから日光浴をして風呂に入り、くちから砂が流れ落ちそうなほどの愛のささやきまでのワンセットをこなさねばならない。いつからこういうことになったんだっけ? と首を傾げる。
「なんで俺はいまこんな手順踏んでるんだ」
 ちいさく切ったメロンをくちに運んでいたルルドラが、フォークをくちもとにあてたままにやっと笑う。
「なら、やめるか?」
 やめてもいいんだぞといわんばかりの態度に、フォッグはちいさくうめいた。果汁でぬれたルルドラのくちびるがつやつやとフォッグを誘っている。新たに一切れくちに入れ、こぼれかけた果汁を舌でなめとるしぐさがたまらなく卑猥だった。
 準備を整えれば、そのくちにあれこれ突っ込んでも許してもらえる。上だけじゃなく下のおくちにもあれこれ突っ込んでも許してくれるというか、準備を整えてベッドにはいるときのルルドラはたいへん乗り気でたいへんエロい。
「どうするんだ、フォッグ?」
「いや、やめない。やめないけどな」
 いまひとつ納得がいかない。
 つい不満げな表情を浮かべると、それを見たルルドラが困ったように首を傾げた。
「まあ、手順踏まないで寝る方法がないわけじゃないんだけどな」
「あんのかよ」
「お前が俺にひどいことして振るとか? まあなんか、俺がお前のこと嫌いになるくらいのなにかがあれば、準備もなしで気兼ねなくお前のしたいことができるだろうな」
 側にあった葡萄の粒をもいでくちに運びながら笑う。
「俺だってお前の前でわざと液状になるわけじゃない。そういう露出趣味はねぇんだよ」
「じゃあなんで戻るんだ」
 てっきり寝るのが嫌だから液状になるのだと思っていたのに、この言葉は意外だった。
「お前といちゃついてると、性欲を刺激されるから」
「は?」
 予想外の答えに思わず間の抜けた顔になる。
「性欲ってお前、そんなの最初からだろ?」
 さすがに乗り気でない相手とやったりはしない。はじめのときもルルドラは気持ちよさそうだったし射精もしていた。そもそも人擬態の液体系が性欲を刺激されると液状になるなんて話は聞いたことがない。
「ああ、擬態の海綿体とかの問題じゃなくて、本体のほうの性欲だ。擬態は好きにできんだよ、別にそれで増えるわけじゃねぇし、ちょっと無駄なことするくらいの感覚で」
 血流を操作すれば簡単といいだすルルドラに、フォッグはいささか衝撃を受けた。
「お前アレ、反応してたわけじゃ……」
「人擬態してる液体系がベッドで見せる反応は八割がた演技だな」
 あっさりとされた暴露に、これまでルルドラがベッドで見せてきた反応を思い返した。たいへんエロくて気持ちよさそうなアレが演技。よくよく考えれば、ルルドラたちは姿かたちからして本来のものではないのだが、それにしてもこれまでの様々な反応を本物だと信じていただけにショックはおおきかった。
 この先自分は、ルルドラに関してなにを信じればいいんだ。
 人間不信になりそうな気持で呆然と恋人の顔を見つめる。
 するとフォッグのただならぬ表情に気づいたのか、ルルドラがこういった。
「俺がお前に見せる反応は演技じゃないぞ」
「いまそれをいわれても嘘としか思えないんだが」
 どうしてこういう順番でいうのか。
 とってつけたようにしか聞こえない。
「八割演技でも、二割は本当だって。液体系同士のRNAの交換は快感が伴うし、それと似たような動作もそれなりに快感なんだよ。ただ、反応は人型と違うんで人型見たいな反応を演じるってだけで」
 ルルドラとしては嘘じゃないというフォローのつもりだったのだろうが、聞き捨てならないフレーズがふくまれていた。
「ちょっと待て、もしかしてお前ら、ひとと寝るより同族とRNA交換するほうが気持ちいいのか?」
 思わずそう詰め寄ると、途端にルルドラが面倒くさいという顔になる。
 葡萄をつまんでくちに放り込みながら「まあ、平均的には」と答える。
 フォッグはテーブルに突っ伏しそうになるのを、顔を抑えてなとか堪えた。ちょと泣きそうな気分だ。恋人にお前と寝るより浮気相手と寝るほうがイイといわれるのは、想像以上に打ちのめされる現実だ。別にやりたいからルルドラと恋人になったわけではないが、男の沽券というか股間的な部分で捨て置けない。
「もしかして、これまで無理してつき合ってくれてたのか?」
「そんなことで無理してどうすんだよ。だから、快感あるって」
「それでも、同族のほうが上なんだろ」
「それはしょうがない。人間とはRNA交換できないんだから」
 あっさりと返された言葉に、フォッグは生まれてはじめて自分が人型であることを後悔した。人擬態系の液体生物として生まれてくれば、そうでなくても液体系ならルルドラとRNAを交換することもできたはずだ。
 だが、人型に他人と有益な遺伝子交換をする機能はない。
 改めてひとと液体生物の間の深い溝をのぞきこんだフォッグは、おおきく溜息をついた。
「わかった。やっぱりやめよう」
 ルルドラと寝るのを楽しみにしていたわけだが、こんな話を聞いた後でなにも気にせず行為を楽しめるほど神経は太くない。ベッドで楽しく戯れるための時間を使って、ひとりで酒でも飲みに行こう。めそめそするのは性分じゃないが今日くらいはいいんじゃないかと思う。
「――やめるのか」
 問いかけに後ろ髪をひかれながらやめると答える。
 すると急に伸びてきた手がこちらの腕をつかんだ。
「俺が面倒になったか?」
 ルルドラが顔をのぞきこむようにして尋ねてくる。その表情にわずかな不安を見つけて、フォッグはなんだか急に腹が立ってきた。ルルドラの言葉に不安になって、自信を失っているのはこっちだ。
「なんでお前がそんな顔するんだよ」
 ルルドラの頬に触れると、彼はかるく眉を寄せてその手にすり寄ってきた。
「捨てられたくねぇんだよ」
「おい、なんでそこまで話が飛躍すんだ」
「話が違うと思ってるんだろ? もともと、たいした準備もなく手が出せるから液体系に手を出したのに、こんな準備をさせられて面倒だって――」
 確かに液体系がやるのに便利だという話はよく聞いていたし、はじめに誘ったときはそういう意味での好奇心もあったが。
「面倒が嫌なら、はじめに準備しろっていわれたときに別れてるだろうが。いまさらそんなんで捨てねぇよ」
「なら、なんでやめるなんていうんだ」
 すこし拗ねたような目で見上げてくる。
「だってな。お前、俺と寝ても気持ちよくないんだろ?」
「そんなこといってない」
「同族のほうがいいって」
「あ? ありゃ一般論の話だろ。俺はお前と寝るほうが格段にいいに決まってんだろうが、そうじゃなきゃ準備が必要になった時点で俺のほうから別れてんだよ」
 お前そんなことで拗ねてたのかよ、といまのいままで自分のほうが拗ねていたことを棚上げにしてルルドラがムッとした顔をした。
「だってお前、いつもやるとき拒否するだろ。準備してる間も嫌がらせみたいにかまってきて邪魔するから、やりたくねぇのかと俺だって不安になるんだよ」
 俺だって怒りたいと睨み返すと、ルルドラが数秒考え込んだあとで面倒くさそうに頭をがりがりかいた。
「お前、バカじゃねぇの。バカだろ、フォッグ」
 机の下でフォッグの足を蹴りながら、ルルドラが顔をゆがめてうめいた。
「ああっ、くっそムカつく。おい、待ってろよ。絶対にここで待ってろよ!」
 ビシッとテーブルを指さし、一方的にそう告げてルルドラが席を立つ。
「おい、どこ行くんだよ」
 軽く腰を浮かせて声をかけると、ルルドラは首だけ振り返り左の頬だけ吊り上げてにやっと笑った。
「風呂だ。今日は手順すっ飛ばしてさっさとやらせてやる。だからおとなしく待ってろ」


 バスルームに入ったルルドラは、部屋から持ってきた道具を膝に置き慣れた手つきで注射器の準備をした。
 注射剤の状態を確かめ、先端を首筋に押し当てる。注射器の底を軽く押すと、ちいさな音と同時に首筋に六本のちいさな針が刺さり薬剤が注射される。
 ルルドラは使い終えた注射針と注射剤を廃棄箱へ入れると、本体をケースに収めた。
 注射を終えた首筋をさすり、効果が現れるまでの時間をはかる。
 たったいまルルドラが注射を終えた薬は繁殖抑制剤と呼ばれている。
 これまでは分裂や繁殖をする余裕のない長期的な任務に就くときに使っていた。液体系としての繁殖の欲求を抑える効果がある。
 液体系はもともと液状で繁殖する。性欲を覚えれば当然のように擬態を解く。だが、通常液体系が性欲を覚えるのは各個体にばらばらに存在する繁殖期の時期か、近くに繁殖期を迎えた個体がいるときだけだ。
 というよりも、そうだといわれてきたしこれまでルルドラもそう信じてきた。
 それがなぜか、液体系でもなければ繁殖期でもないフォッグを相手に性欲が芽生え、液体に戻って繁殖しようとしてしまう。時期が来ていないので、液化したところで生殖器なんてものは存在しないにもかかわらずだ。
 フォッグに迫られてはじめて擬態を解いてしまったときは、幼体期以来感じたことがないような羞恥とあるはずのない状況への混乱でパニック寸前で、液状のはしたない恰好のまま家を出て病院に駆け込んでしまったくらいだ。
 その後、精密検査を受けたが結果は異状なし。
 たまにあることだと医者は軽い口調でいったが、たいして気休めにもならなかった。それ以降もフォッグがセックスに誘ってくると、応じるように擬態が解けるという状態が現在まで続いている。
 首筋と指先に軽い痺れが現れたのを感じ取って、ルルドラは伏せていた顔をあげた。
 体を洗い、薬の入った箱を持ってバスルームを出る。
 液体系の繁殖はお互いの生殖器を伸ばして行われる。生殖器ができていない状態で、液体系以外と繁殖しようとしたらどうなるのか、調べてみたが公開されている記録の中にそういったものはなかった。
 体を拭き裸のまま脱衣所を出るころには、心拍数と体温があがってくる。
 繁殖抑制剤とカクテルした擬態の催淫剤の効果だ。
 抑制剤で鈍らせた感覚を、催淫剤で呼び戻す。
 ――こんなの使い続けてたら繁殖できなくなるぞ。
 処方箋を書かせているなじみの医者は、自分で指示した書面を眺めながらいつも呆れ顔でそういうが、それがどうしたと肩をすくめるのが常だった。
 どっちにしろフォッグと繁殖することはできないのだからたいした問題でもない。神経やホルモンについても忠告されたが、もしこの個体で異常をきたしたなら、これまで分裂した分の自分か、この先分裂した自分を引っ張ってきてそいつをモデルに直せばいい。
 必要な準備としてフォッグに命じているもののうち、食事・睡眠・日光浴は体調を整えるために必須の項目だ。
 繁殖抑制剤は使用後のダメージがおおきい。
 なんの準備もなく使うと、半日は擬態を保つのがやっとで、まともに動けない状態になる。それをちょっとした体調不良にとどめるために、準備を命じているのだが、フォッグはまったくそれを理解していない。
 なんでこんなに俺に愛されてるくせに不安とかいいだすんだろうなこいつは。
 出ていくときに命じた通り、リビングの椅子に座ったままのフォッグを見て、ルルドラは立ち止まった。こちらに気づいたフォッグの目に、隠しようのない欲望が浮かぶのを眺め、優越感と楽しさに思わずくちびるに笑みが浮く。
 明日の体調は最悪だろうが、それは明日考えればいいことだ。
 いまは目の前にいるバカな恋人をどれだけ楽しませてやれるかがもっとも重要なことだった。
液体と人型のバカップルのつづきのつづき



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