巷説






 なァ、おめェもそう思う? な~メルメル。

 話し掛けられているのは自分なのだと、HiMERUはすぐには気づかなかった。何せリハーサル中である。

「……なんの話でしたっけ?」
「いや別に話の続きでもなんでもねェけどォ」
 怪訝な視線を右斜めうしろへやれば、声色と違わず退屈そうな面を晒した天城がいた。
 広々としたスタジアムの中央に据えられたステージ。突き出した屋根の先に覗く空模様は、生憎の曇り。今はこだわりの強いプロデューサーが、照明プランを曇天に映えるものに組み直せないかと、しきりに調整を繰り返しているところだ。
 天城とHiMERUは板の上に立たされてはいるものの、照明オペレーターに命じられるままに立ち位置を変えるほかにはやることがない。高身長の二人が指名されたことをこれ幸いと、椎名と桜河は早々に控室へ引っ込んでしまった。

「あれだよ、『桜の樹の下には』」

 いつもの突拍子のなさで、天城燐音が冒頭を諳んじてみせる。桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。滔々となめらかに、持ち歌でも歌うみたいに。

 梶井基次郎ですか。HiMERUが独り言のように呟くと天城は、ま、おめェは知ってるよなァ~と頭のうしろで両の手指を組んだ。当然なのです。HiMERUですから。
「考えたことある?」
「屍体が埋まってるかって?」
「桜が綺麗な理由」
「どうでしょうね」
 桜を愛でる行為なんてのは動機をでっち上げるまでもなく、古来より日本人の遺伝子に刻まれた習性みたいなものだ。おそらく。桜を美しいと感じるのはごく自然なことで、つまり天城が問いたいのはそういうことではない。HiMERUは顎に手を当てる。
「──美しいものが美しくあることに、理由が必要でしょうか」
「必要かどうかは知らねェけど。理由が欲しくなる気持ちはわかるぜ?」
「なぜ?」
「ただ綺麗だなんて、怖ェっしょ」
 怖ェ。天城は平たい目で繰り返した。畏怖。脅威。違うな、これは。
(……嫌悪、か)
 汚れひとつなく潔白であることへの。あるいは、丸ごとすべてを肯定させてしまうことへの。

「──何を言っているのだか」
 スタンド席から大きな身振りでOKサインを出すプロデューサーに頷き、HiMERUは身を翻した。控室にいるメンバーを呼びに行くのだ。
 すれ違いざま、巷説の温度で天城に告げる。もし、桜の樹の下に屍体が埋まっているのだとしたら。
「我々は──アイドルなんてものは、墓場でダンスに興じているようなものですよ。数多のしかばねを踏みつけて、馬鹿みたいに笑って、ね」
 狂ってるでしょう。だから釣り合いが取れています、と。
「“我々”、ね」
 愉快そうな声を背中で聞いた。
「俺たち自身は屍体じゃねェ、まだ腐っちゃいねェって、一体誰が証明できる?」
「……さあ」
 そんな風に瞳を燃やしながら言われても。ここに立っているあいだ、あんたは他の誰より生きているだろうに。
 綺麗に笑って、HiMERUは今度こそ天城に背を向けた。