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ままならない関係

 ――あんた、刑事だったのか。
 彼に言われた言葉が、胸に刺さる。めったに感情を表さない彼が、軽く目を見張ってこちらを見詰めていた。
 こんな形で、知られたくなかった。ぼくが何者なのかということを。

 彼と知り合ったのは、偶然だった。
 深夜のコンビニから飛び出して来た万引きを、たまたま一緒に捕まえたのだ。
「万引きだ! 捕まえてくれ!」
 店員の切迫した叫びに、反射的に体が動いた。ぼくが犯人に追いすがるのと、彼が正面から犯人の足を引っ掛けてころばすのとは、ほとんど同時だった。
 そのあと、事件のあったコンビニで、顔を合わせるようになった。
 ぼくたちはどちらも、どうやらその店の常連だったらしい。
 言葉を交わすようになって、それから互いにケータイの番号を教えあうまでには、さほど時間はかからなかった。そしてそのころには、ぼくは彼の職業がいわゆるヤクザであることを知るようになっていた。
 もっとも、一見すると彼はそんなふうには見えなかったけれど。
 たしかに、目つきは少しだけ普通の人より鋭かったかもしれないし、無口で無表情だった。かといって、肩で風を切って歩くような風情もなく、一般人に対して無理無体を働くわけでもなかった。
 むしろ彼は、ずいぶんと親切で――良き市民といったふうに見えた。
 件のコンビニでも、レジに並ぶ列に割り込むような者がいればやんわりと諭したり、客の落し物を拾ってやったりといった、ごくあたりまえのことをあたりまえにやっていた。
「守屋さんって、ヤクザだなんて思えませんね」
「そう……ですかね」
 ある時、笑って言ったぼくに、彼は少しだけ面映そうな顔をして答えたものだ。

 ぼくが、そんな彼に惹かれ始めたのは、いつからだっただろう。
 もしかしたら、最初から、だったのかもしれない。
 よくわからないけれど、気づいたら彼のことが気になり始めていた。
 けど、その感情を表に出してどうなるものでもないことも、ぼくにはよくわかっていた。
 男同士の上に、ぼくは刑事なのだ。
 もっとも、刑事だということは、ずっと言えないままだったけれど。
「どうかしたかい?」
 知り合って、一年ほどが過ぎたころ。一緒に飲んでいた彼が、ふとぼくに訊いた。
「え?」
「いや。何かこう……浮かない顔をしている」
 言われてぼくは、かぶりをふった。
「別に何も。ただ、ちょっと、考え事をしていただけだよ」
「ふうん」
 彼は、少しだけ意味ありげな目をしてぼくを見て、ただ曖昧にうなずいたものだった。

 彼とぼくが、ヤクザと刑事としてではなく、友人として最後に会ったのは三ヶ月前のことだ。
 二人でよく飲みに行っていたスナックへ、その日も行った。たわいのない話をして、酒と音楽を楽しんで。別れ際、彼は言った。
「しばらく、連絡できなくなりそうだ」
「え?」
「ちょっとした出張でな。……この街を離れるんだ」
 驚くぼくに彼は、まるで普通のサラリーマンが仕事の話をする時のように、さらりと言った。そして、本当に連絡が取れなくなった。
 それから三月。
 久しぶりにぼくが彼と会ったのは、勤め先の警察署でのことだった。
 といっても、直接ぼくが彼を逮捕したとかいうわけではない。たまたま、署の廊下で取り調べ室に連れて行かれる途中の彼と、ばったり出くわしてしまったのだ。場所が場所だけに、知らないふりはもちろん、たまたま警察に用があって来ただけなんてふりもできなかった。それどころか、これまで自分の職業を黙っていた言い訳すらできる状況ではなく。ぼくはただ、呆然と彼を見送ることしかできなかったのだ。

 そして。
「まさか、刑事と仲良くなってたとは、思わなかったよ」
 刑務所の面会室で、プラスチックのボードを間に向き合いながら、彼は少しだけ皮肉げに言った。
「すまない。……その、なんだか言い出しにくくて……」
 思わず謝るぼくに、彼は笑う。
「まあ、気持ちはわかるよ。俺も、同じ立場だったら、話さなかったかもしれん」
 そのあとは、まるでスナックやコンビニで会った時のように、たわいのない話をした。ぼくの方は、何を話していいのかよくわからなかったから、彼がふって来る話題にただ黙ってのっかっていただけだった。
 彼がなぜ逮捕されたのか、なぜ刑務所にいるのかについては、同じ署の先輩から聞いていた。
 彼は、自分たちの組織を裏切って逃げた男を殺したのだ。三ヶ月前彼が言った「出張」とは、その男を追って行くことだったのだろう。
 彼には、他にも表向きになれば罪になる所業がいくつかあって、それもあわせて捜査する方針らしい。
 面会時間が終わって、ぼくが席を立とうとした時、彼はつとぼくの手を捕らえた。そのまま持ち上げて、指先に軽く唇を触れる。
「守屋さん……!」
 驚いて、ぼくは思わず低い声を上げた。それへ彼は、小さく口元だけで笑ってみせる。
「あんたと過ごした時間は、楽しかったよ。だが、もうここへは来るな。俺なんかと関わってるとわかったら、あんたの経歴に傷がつく。立場も悪くなるだろう」
「でも……」
 言いさして、ぼくは小さく唇を噛む。彼の言葉が正しいと、ぼくは知っていたからだ。
 それへまた小さく口元をゆがめてみせて、彼はぼくの手を離した。
 ぼくは席を立ち、踵を返す。そのまま、ふり返ることなく、そこをあとにした――。

おくづけ

「BLカップリングで10のお題」より「03 ヤクザ×刑事」
配布元:studioCHAOS. ―― 腐った総合配布所



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