もういい加減慣れてしまった部屋を満たす煙草のにおいに、耀は軽くため息をついて窓へと向かった。

鍵を外してガラスをスライドさせると、わずかに雨のにおいを含んで湿った風が吹き込んで耀の髪を揺らす。

振り返れば、テーブルの上にいつもの取り合わせ。

ボトルと、グラスと、煙草の空箱といっぱいになった灰皿。

いつものようにボトルとグラスをキッチンへ運び、灰皿はゴミ箱の上でひっくり返す。

「・・・・・・・・・ん?」

空箱もゴミ箱に落としかけて、いつもと違う音がすることに気がついた。

開けてみると、中に煙草が1本だけ残っていた。

「珍しいな」

なくなったと見間違えたのか、ただ単に忘れたのか。

喫煙者ではない耀には、残されたこれが”もったいない”ものなのかどうかさえわからない。

さて、どうしたものか。

悩んで、結局箱を閉じた。

どうせ彼は毎日のようにここに来るのだから。

ダイニングのカウンターにそれを残して、グラスと灰皿を洗う。

視界に、赤い箱が引っかかる。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

グラスを棚に戻して、灰皿を片手に引っ掛けて。

カウンターの隅に投げられた、煙草と同じに以前彼が忘れていったライターに手を伸ばす。

どうすればいいのかは知っていた。いつも見ているから。

慣れない手つきでそれを取り出して、唇の端に咥えて。

ライターの火が、ゆらゆらと風で揺れた。

じ、と紙のこげる音がする。

息を吐くと、白い煙とともに慣れたにおいが広がって。

最初はどうにも好きになれなかった。においも、煙も。

でも彼は耀が何を言おうともお構いなしで吸い続けるから、そのうち耀も慣れてしまった。

勝ち逃げされたようで悔しくなったことを思い出しながら、洗ったばかりの灰皿の上で煙草をすこし弾く。

吸うでもなく、じりじりとゆっくりと進む火を眺めて、ゆるく昇る煙が鼻腔をくすぐった。

・・・悔しいな。

灰を落として、耀は思い出すように笑った。

このニオイに、安心感を覚えてしまう自分がいる。

短くなってきた煙草を口元に運び息を吸い込んで、小さな灯りが輝きを増して。

すぅ、と細く息を飲み下す。

「・・・・・・ッ」

途端に、ノドと肺を焼く痛みにむせ返った。

思わず浮かぶ目じりの涙を拭って、残った煙草を灰皿に押し付ける。

ひとしきり咳き込んで、最後に長々とため息をひとつ。

「これのどこが良いんだか」

今度こそ本当に空になった赤い箱を恨めしそうに一瞥して、いつものようにゴミ箱へ落とした。







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