温泉アマサリ


「サリエリ先生は305号室でアマデウスは306号室だからね。頼むから部屋間違えて騒動起こさないでよ」
 僕はみんなに浴衣を手渡しながら、口すっぱく言った。
「そんな注意するくらいなら、お二人をもっと離した部屋にすればいいんじゃないですか?」
 浴衣を手渡してくれるマシュの口調が呆れている。
 そこは僕だってわかってる。それこそお互いの姿が見えない階に分けちゃえばいいんじゃないの?なんて思わなくはなかったけど、折角みんなで来た慰安旅行だし、もしかしてもしかすることがあるかもしれない。
 僕は音楽のことをよく知らなかったからアマデウスがかの有名なモーツアルトだってこともすぐには気づかなかったし、サリエリ先生に至ってはその存在も知らなかった。けれど二人の間に生前起きたことや、サリエリ先生を襲った醜聞のことを知れば知るほど、本当は仲良くしたいんじゃないのかなって思い始めたんだ。
 そう、特にアマデウスが。
 だってあれだけ僕は僕、みんなはみんな、なんてちょっと冷めてたくせに、サリエリ先生が召還されてきてから、アマデウスは変わったと思う。何というか人間味が出てきたっていうの? 具体的にどこがって言われるとわからないんだけど、あれほど他人に絡むのなんてって言ってたのに、サリエリ先生には自分から絡んで何度も殺されそうになってるんだ。
 サリエリ先生も殺す殺すと言う割に、後一歩のところでいつもアマデウスを逃している。
 それってさ、きっと本当は殺したくないってことじゃない?
 だからそんな二人が少しでも近づければって思ったんだけど。
「見て見てサリエリ、可愛い?」
 のんびり夕食を食べた後、アマデウスは誰に編んでもらったのか長い髪を三つ編みにして、その先にピンク色のリボンをつけていた。それを見て見てとわざわざサリエリ先生のところにやってくる。
「可愛い……わけあるか! ゴッドリープ、今日こそは殺」
「はいはい、ストップ」
 僕はとっさに目の前にあった温泉饅頭を先生の口に押し込んだ。
 甘いものが好きなサリエリ先生はそれだけで見事に大人しくなる。
「先生、約束したでしょ。この旅行中は変身しないって」
 サリエリ先生は口をもごもごとさせていたけど、それが甘いものだとわかると少し嬉しそうな表情をした。
「変身って、なんかヒーローみたいでカッコいい!」
「アマデウス、君もだよ。何でそうやって自分から絡んでいくかなあ」
「だって折角の旅行だろ? ま、いいや。そうだマスター君もあっちで飲もうぜ」
 サリエリ先生を何だかじっと見つめていたアマデウスが、突然僕の腕を取った。
「いや、僕は未成年だからああ」
 自分の声がむなしく響く。
 サリエリ先生はちらりと僕を見たけど、口一杯の饅頭を食べるのに結構夢中だったみたいだ。
 その後のことはあまり覚えていない。
 次から次にやってくる皆の、誰に何を飲まされたかなんてわからない。
 もちろん未成年を理由に断っていたはずだけど、ジュースか何かに誰かがふざけて混ぜたんだろう。
 目を覚ました時には頭がずきずきと痛くて、唸ることしか出来なかった。
「お、目が覚めたか? マスター」
「んん、ああおはよ?」
「いやまだまだ深夜だぜ」
 僕が沈没する前からまったく様子の変わらないロビンフッドが、笑いながら声をかけてきた。
「結構みんな酔っ払っちゃってねえ」
 次に答えたのはティーチ、顔は真っ赤だし、少々呂律が回っていない気がしたけれど、まだ飲んでいた。
「さっきトイレ行ったついでに女子部屋覗いてきたけど、あっちのが強いな。まだまだ健在だったぞ」
 僕は起き上がりながら、壁にかかった時計を見た。もう二時過ぎ。あちらこちらでまだ盛り上がってはいるけれど、酒に弱い面子は布団までたどり着けなかったようで床に転がっている。
 そしてふと気づいた。
 アマデウスがいない。
 酒といえばアマデウス、アマデウスといえば酒というくらい、彼は酒好きだ。
 カルデア内で宴会しているときも、いつもティーチたちと悪ふざけて飲んでいるのに。
「ねえ、アマデウスは?」
「ああサリエリが露天風呂はいるっていうから、着いてった」
「はあ?」
 着いていった? 何で? どうして?
 サリエリ先生には一応この旅行中は駄目だよと言い含めてはあるけど、二人きりでなんて危険すぎる。
「ちょっと、様子見てくる」
「駄目だよ、マスター、そんな野暮なこと」
「そうそう」
 くらりとする頭をどうにか押さえながら立ち上がった僕を、二人は手を伸ばして引き止めた。
「だって、湯煙温泉殺人事件なんて洒落にならないよ」
「ないない、それだけは絶対ない」
「でも」
「まあ、頼むから露天風呂を汚すんじゃないよとは言っておいたけどね」
「けどしばらく帰ってきてないから、まあそういうことでしょ」
 へらへらと笑う二人に、僕は首を傾げる。
「あれ、マスター気づいてなかったの?」
「気づくって何を」
「あの二人が出来てるってこと」
 出来ている?
 何が?
 あの二人が、え、え、ええええっ?!
 嘘だろう、そんな素振り僕の前では全然。
 じゃあ何? 今までしてきた僕の苦労は一体。
「ところでどっちがどっちなんですかな、あの二人」
「まあ似たり寄ったりの体格してるし、どっちも綺麗な顔してるからなあ」
「賭けますか?」
「お、いいね。だけどどうやって調べるんだ?」
「そりゃあまあ聞くしか。マスター?」
「ちょ、マスターそれ俺の」
 けらけらと笑う二人の横で、自棄になった僕はテーブルの上に置かれていたコップの水を一気飲みした。
 喉が焼けるように熱くて痛い。
 それが酒だと気づいたのは、再び撃沈してから数時間後。
 二度と心配なんてするもんかと心に決めた僕が痛む頭を抱えながら廊下ですれ違ったサリエリ先生の項に、うっかりキスマークらしきものを見つけてしまって、滑倒したのは更にその二時間後だった。




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