あたしね、君のこと、困らせるの好き。



僕と一緒にクラスの図書委員に任命された彼女は、そう言った。
にこにこしながら、今するべき仕事である図書ラベル貼りの作業に手を付ける気配は無く、反してその作業を黙々とこなす僕をただ眺めるだけで。
言ってる事とやってる事の矛盾の無さは、いっそ清々しいとも思う。






 「――……それは、僕が貴女に嫌われるような事を何かしたってことですか」





そんな覚えないんですけど…と付け加えてみると、彼女はふるふる首を振った。






 「全然。なんにも。」
 「はぁ……。それじゃあ、どうして僕を困らせるのが好きなんです。っていうか、本当訳が分からないです。手伝ってください」
 「じゃあ、困った顔して?」
 「………」
 「困った顔して、溜息吐いて、しょうがない人ですね、って言って」





あたし、黒子くんのあの顔、好き。ねえ、みして。
放課後の図書室のカウンターの中でこそこそ話す僕たち。
週替わりで順番に回されるこの当番が、今週は僕たちのクラスへ当たった訳で
僕と彼女が二人、受付に座っている。そこまでの辻褄は合っている。
しかし、仕事をこなすのが一方的に僕のみである今の状況の辻褄は全然合ってない。
彼女の言い分は、「僕が困った顔を見せてくれれば仕事に協力する」という事で間違いないらしい。
もう既に、ちゃんと僕は困っている。僕を困らせるという結果は生み出せているのに一体何がまだ不満なのか、分からない。







 「困った顔が好きなんて言われても、反応に困ります。」
 「本当?嬉しい」
 「……………………………。」





仕事しないなら帰ればいいのに…。
委員の仕事が面倒で当番をすっぽかすなら、まだ分かる。
でもこの人は、彼女はちゃんと当番には来ておいて、それなのに仕事はしない。
ただの時間の無駄じゃないか。何がしたいんだか、全く見当がつかない。
西洋思想の本の背表紙にラベルを貼って、思わず溜息を吐いた。






 「―………。あの、もうよく分からないんですけど…。…つまり、貴女は僕に嫌われたいんですか?」
 「えっううん!!ううん!!!嫌わないで!」
 「……大声出さないでください。」





学校で一番静寂に支配されているこの室内に、あるまじき大きな声量が響き渡った。
視線を向ける利用者達に小さく頭を下げる。事務室から先生の注意も飛んできた。
とりあえずそれらに平等な謝罪を振り撒いて、改めて彼女の方へ視線を向けると
身を乗り出して必死に首を振る。まるで人形。
すると一人の男子生徒が近付いてきて、僕らの前に立った。二冊の本をカウンターに静かに置く。正確に言えば彼女の前に、だけれど。






 「借りたいんですけど」
 「黒子くん、嫌わないで…」
 「…あの、それはいいので、とりあえず手続きしてください。待ってらっしゃいます」
 「え、あぁ、」





ついには僕の袖を引っ張るようにし始めた彼女は、正面に立った男子生徒にも気付かなかったようで
僕に言われて初めて彼の存在に気付き、本を見て、彼を見て、また本を見て、僕を見て、やっと状況を把握し、貸し出しカードに判子を押した。
彼は彼で、彼女を経由し始めて僕の存在に気付いたらしく、小さく「わっ」と声を上げていたけれどそれは至って日常だ。

しかしその日常と同時に、僕は驚くべき非日常を経験してしまった。







 「……今、あの人に気付かなかったんですか?」
 「びっくりした、いつから居たの、あの人。」
 「いや、普通に居ました。至って普通に。」









この人、もしかしなくても今、『僕の存在』で『他の誰かの存在』に、気付けなかったんだ。









 「本当?分かんなかった…!あたし今黒子君しか見てなかったから…」







まさか自分に限って、こんな言葉を聞くことになるとは思ってもいなくて。
少なからず驚いたと言うか、それは最早、未知との遭遇とも言えた。これだけ、事実が自分にそぐわなかった事は無い。
僕が一人で勝手に困惑しているだけで、当の彼女は平気な顔で「あ、仕事しちゃった」なんてぼやいている。
伊月先輩や高尾君のように、視野が広く、存在の感知に長けているのなら話は別だが、
この人は、あの男子生徒に気付いていなかった。それはつまり、単純にあの瞬間集中していたものが僕だったからなのだ。
嫌わないでと、袖を引っ張って。ただ、僕一人に必死に目を向けていたから。














 「―――…動物並みです…」
 「え?」
 「いえ」
 「………?」
 「…仕方ない人ですね。」








私に魔法をかけてみて
(ワン、ツー、スリーで目がまわる)







20121118 ミムラ



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