愛で戦うことはできないのかな。
 ポツリとした声に手元の本から隣へと視線を投げると、黒い髪にハサミを入れている女が一人。
 大した感慨もなさそうにジョキンと自らの黒髪を切り落とし、長かった髪が肩口で揃えられていく。「愛?」念のため口に出して確認すると、そう、と浅く頷いた相手が最後の一房にハサミを据え置き、ジョキン、と切り落とした。
 自分の口がへの字に曲がっていることを自覚して片手で口元を隠しつつ、本を手離し、もう片手で短くなってしまった艶やかな黒髪を指で梳く。……長いの好きだったのに。勿体ねぇ。

「強く何かや誰かを想う、という点で、愛と呪いはそう変わらないと思うんだけどな」
「…そうか?」
「私はそう」

 彼女の中では愛と呪いは天秤で釣り合っているらしい。
 どうして愛には力がないのかな、とこぼした彼女のまっすぐな瞳に見つめられて、髪を梳いていた指が止まる。「……さぁ」そんなこと考えたこともなかったし、愛と呪いを同列に考えるだなんてしたことがなかったから、『なぜ愛に力はないのか』なんて呪力と同じ目線の話として問われても困る。
 そもそも俺からの答えなんて期待していなかったのだろう。相手は小さく笑って肩を竦めてみせただけで、答えのないことには慣れっこといった様子だ。
 会う度に愛がどうこうと説く女は切り落とした髪をつまみ上げ、その一本一本唇を寄せて口付けるという気の遠くなるような作業を始めた。
 自らの肉体から切り落としたもの……たとえば髪とか爪とか、そういったものに呪力(本人の言葉を借りるなら愛)を込めて操る相手は、切り落とした髪を寄せ集めて俺を作った。見た目はそっくりそのまま、ただし人形のように彼女の言葉に従うことしかできない俺だ。これで実物を見るのは何度目かになるが未だに慣れない。

「私、次の仕事が入ったから、行くね」

 そう言って携帯を一つ振る彼女をもう一人の俺が抱え上げる。
 念のため自分の携帯を確認したが俺のところにはなんの連絡も来ていない。待機。そういうことだ。
 俺より現場経験が長く、俺よりなんでもできる呪術師は、呪力で作り上げた俺に触れるだけのキスをした。触れた部分から相応の呪力が流し込まれたのだろう、人形の俺は開け放った窓から彼女を抱きかかえたまま人外の動きで外へと飛び出している。

「だからさ………いい加減、俺の形取らせるの、やめろよ」

 一人ぼやいて開けっ放しの窓を閉める。
 自らの肉体の一部分と呪力を織り交ぜて人形を作り出す彼女は、その形としてよく俺を選ぶ。その理由は『あなたは良い子だから』『あなたを愛しているから』
 それだけ聞けば甘い言葉だが、そこに恋愛感情などというものはなく、彼女はただひたすら純真に俺の人間性を愛している。俺の善悪の価値基準を愛している。幸せになるべき善人が平等に報われないのなら、少しでも多くの善人が平等を享受できるよう贔屓してでも助けようという俺の呪術師としての目的を、愛している。

(男としては、愛してくれねぇのかな)

 そんなことを考えるのはもう何度目になるだろう。
 いつ死ぬかわからない呪術師が何を考えているんだか。馬鹿馬鹿しい。
 いつものように自分の思考を切り捨てて読みかけの本を手に取るが、去り際、彼女が人形の俺にしてみせた接吻を思い出すとどうにも落ち着かず、目で追っているはずの文字は頭に入ってこない。
 はぁー、と深く深く息を吐き出してうなだれる。
 あれを見て、何も思うな、という方が無理な話だ。

ふわっとぼんやり理解してるだけの呪術廻戦から、伏黒恵を書いてみました
せめて拍手お礼文だけでも変更しようと格闘した結果です……
かなりふわっとぼんやりですが、多めに見てもらえると幸い( ˘ω˘ )




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