(バレンタイン……)
 スーパーで食材の買い出しをしていると、スーパーらしく小規模なバレンタインコーナーを見つけた。スーパーらしい値段のチョコからスーパーに置くにしてはちょっとリッチかなと思うチョコまで様々だ。包装紙が外国風でちょっと豪華なものもある。
 きょろきょろ辺りを確認してから買い物かごを足元に置き、そろーりと手を伸ばして一つ箱をつまんだ。包装紙がなかなか魅力的なやつだ。
 ベルギーのパティシエおじさんが心を込めて作ったとかなんとか一言説明を流し読みして、六つトリュフが入ってるだけで六百三十円のチョコを睨みつける。一粒百円のトリュフ。それでおいしくなかったらどうしてくれようこの。
 だがしかし、ここはスーパー。置いてあるものはやはりスーパー品なのだ。デパートの特設会場で押し合いへし合いして買い求める有名ブランドのチョコとは味も品質も違うのだ。
 はっきり言おう。私にはデパートの特設会場で人気のチョコを並んでまで買う気力もお金もない。
 でも、このベルギーパティシエシリーズ(勝手に命名)はどれも包装紙が素敵だ。外国を感じる。ただの紙なのかもしれないけど、きれいに剥がせば使えないだろうか。この柄、次の新作に取り入れてみたい。美風は外国風にだって染まれるだろうし浮いたりはしないだろう。
 ベルギーパティシエシリーズのチョコは全部で三つ。全部買ったら、千五百円。
 ベルギーパティシエシリーズの素敵な包装紙のチョコを睨みつけ、バレンタインコーナーの前で五分考えた。結果、私はそっとチョコを三箱、買い物かごに入れるのだった。
「ああ…買ってしまった……」
 後悔してるような独り言を口元まで引き上げたマフラーの中へとこぼしつつ、身の竦むような冷たい風に震えながらアパートの部屋に帰宅。靴を脱いで部屋のストーブを入れ、肉野菜系を冷蔵庫に収納。そのまま適当な夕飯の用意を始める。その間にストーブが点火、あたたかい風を吐き出し始めたのでコートを脱いだ。
 これで今月ランチを二回ほど節約せねばならなくなった。うう、貧乏人には厳しい。
 適当な野菜炒めとカップ麺というご飯を終えて、気持ちを切り替え、さあ、とチョコの箱を掲げる。
 丁寧に、包装紙を破かないように。それだけを心がけながら、ゆっくりじっくりシールを剥がしていく。
「……よっし!」
 素敵な包装紙の一つを広げて気分よく二つ目に取りかかり、これもきれいにシールその他を剥がして、最後の一つ。
 ここで鞄に放り込んだままの携帯がヴーヴーヴーと震えた。ピンセットでシールをつまんだまま顔だけ鞄に向ける。…このコール回数。絶対美風だ。
 私は今忙しいのだ、と胸の内で言い訳してピンセットに意識を集中し、最後の一つのシールを見事剥がし終えた。「よっしゃあ」思わずガッツポーズを決めた私の耳には未だ着信を知らせる振動音がしている。一体何コールすれば気がすむんだ美風は。
 はぁ、と溜息を吐いてごそごそ鞄をあさり、携帯を掴んだ。非常識なコール回数を更新してるのはやっぱり美風である。
「は、」
『遅い』
 はいはい、と言う前に不機嫌そうな声でツッコまれた。
 ああ、はいはい。お言葉ですが私にだって都合ってもんがあるよっていう。
「仕事終わったの? 今日は新曲のレコーディングじゃなかったっけ?」
『それは滞りなく終わった。でも面倒なことができたんだ』
「へー、何それ」
 包装紙の皺をなくすため、気に入った生地を貼りつけて作った私オリジナルの生地図鑑の下へ。明日の朝になればピンとした紙に戻っているだろう。『タイプA、Bとかあるでしょ。メインの曲は同じだけどカバーで入る曲が違うよってやつ』「あー、あるねぇ」『それで、自分で作詞したもの提出しなくちゃいけなくて…』「美風も?」『ボクも。全員提出なんだ』気持ちげっそりしてる声にちょっとだけ笑う。
 そういや美風、作詞とか作曲はさっぱりだって言ってたな。感性に訴えるものがどうにも思いつかないんだとか書けないんだとか。
「今の美風なら書けるかもよ?」
『なんでさ』
「え、言わせるの。まぁいいけど……今の美風藍には私がいるでしょうが」
 全く、なぜ私が自分でこんなこと言わなければならないのか。遺憾である。嘘だけど。
 しかし、何かしらリアクションが返ってくるはずが、電話の向こうで美風は押し黙っている。
 何とか言ってください美風さん。笑うなりなんなりしてください。私がいづらい。
『皐月への欲望を書けばいいの?』
 それでやっと口を開いたと思ったらこれである。
 いや待て私に訊くな。そして欲望ってなんだ欲望って。もうちょっとオブラートに包んでくれアイドル美風藍。君はうたプリメンバーのエンジェル担当でしょう、欲望とか言っちゃいけません。
 ごほん、と一つ咳払いしてから「私個人のことを書いちゃ駄目だけど…そのー、何? キスがしたいとか、抱き締めたいとか、そういうあれこれを私じゃなくて『君』あたりに変換して、書けばいいんじゃないの?」何かしらツッコミが来るだろうと構えたのに美風はあっさりと『なるほど』と私の提案を呑んでしまった。さっそく何か思いついたのか『じゃあそれでやってみる。おやすみ皐月』「はい、おやすみ」『あ』「え?」『名前で呼んでって何度言ったら分かるの? 嫌がらせ?』「違います。…おやすみ藍」『うん、おやすみ』ぷつ、と通話が途切れた。吐息して携帯をテーブルに置く。
 15歳か。15歳ってこんな感じだっけな。どうだっけ。自分の15歳の頃ってどんなだったかなぁ。もうぼんやりとしか思い出せない。完全なる思い出。たぐり寄せるにも遠すぎてちっとも近づかない残像。
 相手は人気アイドルうたプリのエンジェル担当美風藍、15歳。ただでさえ特殊な環境下にある、年齢的にまだ子供の彼が、気まぐれを起こしているにすぎない。そうやって自分を納得させてはきた。
 しかし、やはり必要だろう、これは。
 ベルギーパティシエシリーズとは別に購入した、スーパー品の手作りキット。市販品のチョコと簡単な材料を揃えてチョコブラウニーを作ろう、というやつ。
 相手はあのアイドルだぞ? 普段から外食とかファンからのプレゼントでそれなりにいいもの食べてる美風だぞ? とか思ったよ。考えたよ。きっとデパートで奮発してチョコ一箱買えば曲がりなりにも形になったろう、って。でもさ、久しぶりに世のバレンタインという特別な日に乗っかるんだ。久しぶりに誰かのためを想うバレンタインなんだ。だからさ、やっぱり手作りしなきゃ、だよね?
「それで美風が喜ぶのかはよく分からないけどさ…」
 ストーブの前に転がってお気に入りのビーズクッションに背中を預け、手作りキットの箱の裏面、作り方の文章に目を通す。しっかり読んでから箱を開け、説明書と中身を確認し、説明書の詳しい作り方にも目を通す。

 …こんなものを手に取ったのは、高校生以来だろうか。
 私がこの道にのめり込む前、まだただの馬鹿でしかなかった頃、同じく馬鹿な男友達と馬鹿らしくそういう関係になった。お互いが好きだったというよりは、気まぐれのような、ノリのような、そんな空気の流れで。そのわりには長く続いた。お互いが馬鹿であると分かっていたから、馬鹿なことでも笑っていられたから。
 でも、私がこの道を見つけたとき。彼の手と布地の肌触りのどちらかを選べと分かれた道に、私は、彼の手を離したのだ。
 私の身勝手だった。分かってる。私が傷つけた。それも分かってる。
 ぬくもりのある人の手より物言わぬ布切れなんかを選んだ、私の生き方は、彼を傷つけたに違いない。
 2月14日のバレンタインに、手作りのチョコとお菓子をあげた。感謝の気持ちとして、私の初めての手作りの作品であるハンカチもプレゼントした。彼は喜んでいた。でも、これで最後と切り出した私に泣いてもいた。

 誰かを傷つけてしまう生き方なのかもしれない。
 私が惹かれるものに彼は惹かれなかった。美風もそうだ。私が徹夜で仕上げる衣装について、よくそこまでやるよね、とどこか呆れた顔をしていた。
 美風の立っている場所と私の立っている場所は違う。天と地ほどの差があると言っても過言ってことはないだろう。だから私は彼のことをまだ美風と言うし、指摘されたときにしか藍とは呼ばない。
 年齢的なものもある。仕事場を同じくする者としての立場的なものもある。
 でも、私が本当に恐れているのはそういうことじゃない。
「…はぁー」
 ごろん、と転がってビーズクッションに顔を埋め、手を伸ばす。テーブルの上の携帯を指先で引っかけて引っぱり寄せ、オフになっている画面を点灯させ、お気に入りのレース布の待ち受けから写真のフォルダへ。
 この間隙を見て二人で出かけた。所謂デートってやつだ。そこで撮った写真。
 美風は人気アイドルグループの一員。夢も未来も希望もある。私みたいなオバサンじゃなくて若い子を相手にすればいいのに。もったいないことするなぁ美風。物好きだなぁ。美風。
     

偽物臭がパないけどうたプリの美風藍ちゃんです!
名前変換が上手くいかないのでヒロインちゃんの名前は春日皐月でお願いします
バレンタイン話です。続きがあるよ!2タイプ!
最初が恋人好き好きで甘えたがりな藍ちゃんで、次が恋人好きすぎて病んでる系の藍ちゃんです(
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