月の御伽話

むかしむかし、気が遠くなるほど昔のお話です。
何もない灰色の星にひとりの男の子がいました。
その星には、男の子のほかに誰もいません。見渡す限りの砂地と、何処までも果てなく続く暗闇、そしてすぐ近くに見える青く美しい星だけがその男の子にとっての世界の全てでした。
男の子はあくる日もあくる日もただ青い星を眺め続けます。男の子には他にすることがありません。
灰色の星に独りぼっちの男の子。
でも男の子は寂しくも悲しくもないのです。だって楽しいということも、嬉しいということも知らないのですから。

それからどれくらいの時が経ったのでしょうか。男の子の星に、ひとりの男の人がやってきました。
「俺は、太陽っていうんだ。お前は?」
男の人は自分を太陽と名乗り、男の子を自分の仲間だと言いました。そして男の子に会えたことを大変喜び、名前のない男の子に“月”という名前をくれたのです。
太陽は月の子どもに色々なことを教えてくれました。
自分達は星の総意であり、王だということ。
王様はその証として額に赤い“眼”の紋様を持つということ。
他にも、水星。金星。火星。木星。土星。天王星。海王星。冥王星。家族と呼べる仲間がいること。
そして、手の届きそうなあの青い美しい星にはまだ王が生まれていないということ。

「そっか、ずっと独りぼっちでいたんだな……お前」

そう言って少し悲しそうな顔をした太陽の王様は男の子の頭を撫でました。それは男の子の初めて覚えた他人の温もり……その感触に、男の子はしばらく胸がざわざわと落ち着かなくなったのでした。

太陽との出会いからしばらく時間が経つと、男の子はめきめきと大きくなり、立派な月の王様へと成長しました。大きくなった月の王様は自由に他の星へ行くことが出来るようになり、そこで他の星の王様達と出会ったのです。
太陽の傍は熱いから嫌だと嘆いてばかりの「水星」
風変りなイキモノにばかり囲まれた偏屈な「冥王星」
太陽がいつも口説いては振られる美しい「金星」―――などなど。
どの星の王様たちも月の王様を快く迎えてくれました。彼らとの時間は楽しく、月の王様は初めて大きな声を出して笑ったのです。
もう、あの孤独だった男の子はどこにもいません。

ところが、そんな楽しい日々も長くは続きませんでした。
遠くの星からやって来た侵略者たちが病原菌のように皆の身体を蝕んでいき、あれだけ力強かった星々は瞬く間に弱って倒れていきました。月の王様だけは、まだ若かったので感染しなかったのです。
弱った星々は最後の力を振り絞ると、自らの命と引き換えにどうにか侵略者たちをやっつけました。
「あとは任せたぞ。どうか、あの青い星を最後まで見守って欲しい」
最後にそう言い残して太陽は消えました。月の王様に太陽の王である証の“眼”だけを残して。
それから程無くして、月の王様以外の王は皆いなくなってしまいました。月の王様の手には九つの王たる証の“眼”だけが残され、また独りぼっちの日々が始まったのです。

あくる日もあくる日も月の王様は独り、砂の大地に腰を下ろし、暗闇の果てを眺め、手を伸ばせば掴めそうな青い星を見守ります。もう、他にすることなどなにもなくなってしまいました。
でも、もう以前とは違います。月の王様は楽しさも、嬉しさも知ってしまいました。独りぼっちは寂しくて悲しい……月の王様は毎日砂の大地の上で嘆き、悲しみ、生き残ってしまった自分自身を呪い続けました。
そんな時、あの手の届きそうな青く美しい星に生命が誕生したのです。
まだ不安定な青い星は、それから幾度となく生命を無くしてはまた育み、ついには自分たちと同じ意志を持つ生命体までも現れ始めました。
青い星の地上では数多の生物が生を謳歌するようにまでなったのです。

それを見ていた月の王様はどうにかして自分も青い星に行きたいと思いました。
そして、星々から貰った九つの“眼”で自分の分身を作り、それを地上に送りあの輪の中に入り込めばいいと考えついたのです。

―――その後、青い星でひとりの男の子が産声をあげました。

男の子は身体に六つ、顔に三つの眼を持つ新たな生命体として地上で多くの命に囲まれて幸せに暮らすことになったのです。

めでたしめでたし。

2019年発行予定「planetes」月の御伽話より抜粋



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