団長のお好み 煌びやかな光の中、色とりどりの衣裳が舞っている。シャンデリアが燦然と輝く大広間には、ところ狭しとご馳走が並べられ、給仕たちがしずしずと高価な酒を配って歩いている。華やかさと贅を尽くした夜会だ。 一段高いところに座す女王は、来客たちの挨拶を受けている。忙しなく訪れ、去っていく彼らに等しく笑顔の恩寵を与える姿はさながら女神のよう。その笑顔こそが、数多の毒牙から身を守る術だと理解しているのか、いないのか。華やかで品のある笑顔に誰もが魅せられる。 女王主宰の新年を祝うこの夜会には、各界の要職たちが招待されている。王都のあちこちでは、様々な趣向を凝らしたパーティが催され、どこからともなく花火が打ち上げられる音が響いて来るのも一興だ。 広間の真ん中で大勢がダンスに興じているが、少し離れたところで談笑に花を咲かせる者、有力者に取り入るために骨を折っている者、どうやったら早くお暇出来るかと思案している者など、様々な者たちが思惑を腹の奥にしまって笑顔を浮かべている。 そんな中、一組の男女が向かい合っている。これもまた、珍しくない光景だ。一夜のアバンチュールと楽しむのも、意中の相手を口説くのも、この場所では自由だ。 「静かなところへ参りませんか?今宵は星空が綺麗だ」 男の申し出に、対する女は笑みを浮かべる。兵士の正装たるロングコートに身を包んだその姿は、凛々しい。すらりとした背筋は、真っ直ぐに伸びている。ヒールを履いていないが、男とそう身長が変わらない。 「あちらのバルコニーなら、よく星が見えるでしょう」 開け放たれた窓の先には、なるほど、バルコニーとその先にある夜空がよく見える。前日に雪が降ったせいか、空はいつになく澄み渡っている。確かに、星見をするにはいい日和だ。 女は笑みを深くし、男の目をじっと見つめる。つられるようにして男の顔にも笑みが浮かぶ。育ちの良さが窺える、品のいい微笑みだ。 「ありがたいお申し出ですが、夫が待っておりますので」 さりげなく見せるのは左の薬指に嵌められた銀の煌めき。宝石の一つもついていないシンプルなものだが、それはどんな宝石よりも美しく光っている。 「ハンジ団長のお眼鏡に適った幸運な殿方は、どのような方ですかな?」 あっさりと断られても、気分を害した様子もなく微笑む。上流階級の男は野暮ではいけない。女の方も、貴顕社会の男あしらいは承知しているよう。口元の微笑はそのままに、声を紡ぐ。 「夫は人類最強ですの」 途端に、目の前に目つきの悪い男が現れる。否。気づかなかっただけで、影のように女に寄り添っていたのだと、少しばかり遅れて気づく。無言で立ちはだかるだけで、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまう。小柄な身体を兵士の正装で包みこんでいるが、その下の逞しい筋骨は隠し切れない。 自分よりも背の低い男の腕に自然な様子で手を絡めながら、女は艶然とした微笑みを零す。 「私、強い男が好きなので」 颯爽と立ち去る二人。ぴたりと身体をつける訳でもなく、同じ歩幅で自然に寄り添うように遠ざかっていくその背を、残された男はただ見守るしかなかった。 窓から吹き込んでくる風は星々の光に熱を奪われてしまったように冷ややかだったが、美しく澄んでいた。風に迎えられるようにして滑り出たバルコニーで二人がどんな時間を過ごしたのかを知るのは、ただ星々だけだ。 |
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