[注意事項]
カルデアに来る前のぐだ♂くんの過去捏造。
おじさんキラー(無自覚)なぐだ♂くんの話。
キャスギルぐだ♂+鯖ぐだ♂


親父ころがし


「あれ、エミヤ?」
食堂に入った立香は、厨房に立っているエミヤに気づき、声をかけた。
「マスター、どうした?」
「ホットミルク飲みたくなって」
「用意するか?」
「大丈夫だよ、自分でできる。エミヤはなにしてるの?」
夕食はとっくに終わっていたが、エミヤはたくさんの食材を調理していた。明日の食事の仕込みだろうか。
「男子会のつまみをつくってるんだ」
「男子会?」
聞きなれない言葉に、立香は思わず尋ね還す。
「女性サーヴァントがときおり開催している女子会に触発されたらしい。が、もちろんそんな可愛いものではなく、ただ酒盛りしたいだけの口実だ」
「あはは、そりゃそうなるよね。でもどこでやってるの?」
食堂を見回すが、休憩がてらコーヒーを飲んでいるカルデアの職員しかいない。
「遊技場の一部を貸し切りにしてやっている。大酒ぐらいと大ぐらいが揃っているせいで追加注文が多くてな」
面倒くさそうな顔をしながらもその注文に応じるところがエミヤらしい。彼の料理は美食家サーヴァントを唸らせるほどの腕前で、その種類も多国籍に渡っている。美味しい食事は生きる活力だ。エミヤがカルデアに来てくれてよかったと、彼のつくる食事を口にするたびしみじみ思う。
「運ぶの手伝うよ、エミヤ」
「やめておけ、酒飲みに絡まれるぞ」
「うん。でも最近忙しくてそういう集まりに付き合えなかったし、お酌くらいしようかなって」
人理修復を終え、力を貸してくれたサーヴァントの一部は座に還ったが、まだ多数のサーヴァントがカルデアに残ってくれている。微小特異点の出現でバタバタしていたせいで、最近はほとんどサーヴァントとの交流を持てていなかったのだ。
「まったく、きみもおひとよしだな。すすめられても酒は飲むんじゃないぞ」
「大丈夫だよ、心配しないで」
ため息交じりに言うエミヤに、立香は笑ってみせる。
「あれ、それなに?」
立香はキッチンの隅に、布に包まれた巨大な塊が置いてあることに気づいた。
「氷だ。冷凍庫にあるストックがきれてな。酒飲みたちが外に出てわざわざ切り出してきたんだ」
「えっ、外に?」
外はかなりの吹雪になっていたはずだ。
「酒を飲むことに関してはまったくすごい情熱だ。感心するよ」
標高六千メートルの雪山にあるカルデア。日本にいたときはなかなか手に入らなかった天然氷も、ここでは無料で取り放題だ。
「でも天然氷は美味しいもんね。かき氷にしてもよさそう」
「かき氷は暑い場所で食べないと美味くないだろう」
「そっか、残念だなあ」
立香は氷を包んでいる布をめくった。標高の高さから不純物が入っていないせいか、氷の透明度が高く、美しい。これだけ大きな天然氷のかたまりは、地上ではなかなかお目にかかれないだろう。
「この氷、砕く?」
「そのつもりだが」
せっかくの天然氷。それをクラッシュしてしまうのはもったいない。
「あのさ……もしよかったら、なんだけど」
立香の申し出に、エミヤはすこし驚いた顔をしながらも頷いてくれた。


▽▽▽


「追加の料理をお持ちしましたー」
エミヤと共に遊技場に入ると、大きな敷物の上に座ったサーヴァントたちが、酒を酌み交わしていた。
「マスターじゃねぇか。こっちこいよ」
立香に気づいたキャスターのクー・フーリンが手招きする。
「お邪魔します」
立香はクーラーボックスを抱えたまま、敷物の上に座った。集まっているのは、キャスターの他に、ランサーのクー・フーリン、ロビン、アーラシュ、フェルグスなど、立香を初期から支えてくれた気心の知れたサーヴァントをはじめ、オジマンディアスやアレキサンダーという王様系サーヴァントの姿もある。酒が入れば無礼講というやつなのだろう。皆、楽しそうだ。
(あ、王様もいる)
円陣から少し離れた場所で酒を飲んでいるのはキャスターのギルガメッシュだった。彼を召喚したのはバビロニアから戻ってからなのだが、なかなか話す機会を持てていなかった。
(お酌、しにいってみようかな……)
そう思ったが、傍にデオンを控えさせていることに気づいてやめた。ルルハワで記憶を失っていたときも護衛として雇っていたくらいだ。気に入っているのだろう。その証拠にギルガメッシュはめずらしく上機嫌だ。立香には見せてくれない表情。ちくりと心が痛んだ。
「マスターも一杯やるか?」
キャスターに肩を抱かれ、立香は我にかえった。
「俺は未成年なので、遠慮します。氷いる人、グラスくれる?」
立香は回ってきたグラスに、厨房で用意してきた氷を入れた。
「丸い氷とは珍しいな。これ、どうしたんです?」
丸い氷の入ったグラスを揺らしながら、ロビンが言った。
「マスターが作ったんだ」
エミヤが答えると、サーヴァントの視線が一斉に立香に集まる。
「マスターが?」
「うん。せっかくの天然氷の塊だから。頼んで作らせてもらったんだ」
エミヤに頼み、塊の一部を手のひらサイズのキューブ型に切り分けてもらって丸くした。
「どうやって丸くした?」
「エミヤにアイスピックを投影してもらって削ったんだ」
立香が言うと、エミヤが無言でアイスピックを投影してみせた。
「それだけでか? 時間がかかっただろ」
「一個つくるのに3分くらいかなあ。久しぶりにやったから、ちょっと手間取っちゃった」
昔は3分を切ることができていた。調子のいいときには2分半。一年以上やっていなかったので、やはり腕は落ちている。
「見てみたい」
「えっ?」
「つくってるところだよ」
キャスターが言うと、皆も同意するように頷く。立香は困惑した。
「ええ、そんなおもしろいものでもないよ?」
「いや、丸くなるのを見ているのはなかなか楽しかったよマスター」
逃げ道をエミヤに塞がれ、断れなくなった。
「わかったよ。じゃあ一個だけね」
立香は手をおしぼりで拭いてから、クーラーボックスに入っていたキューブの残りをアイスピックで削り始めた。
「器用なもんだな」
立香の手の中で角がとれ、どんどん球体になっていく氷を見て、感心したようにアーラシュが言う。
「丸い氷は溶けにくいから、お酒が水っぽくなくならないんだ。あとグラスを傾けても氷が唇につかないから飲みやすいんだよ」
「酒も飲まねえのによく知ってますね、オタク」
「カルデアに来る前、バーでアルバイトしてたんだ。そのとき教えてもらって」
立香の言葉に反応したのは、質問してきたロビンではなく、料理を取り分けていたエミヤだった。
「バーでバイトだと? きみは未成年だろう? ここに来る前ということは今よりも若い。通っていた学校では酒を提供する場所でのバイトは禁止されていたのではないのかね?」
エミヤは日本の文化にやたら詳しく、指摘もいちいち鋭い。立香は焦った。
「あのころはどうしてもお金が必要で……もちろんお酒は飲んでないよ! 仕事は店の清掃とグラス磨きと氷つくることくらいだし、遅くなる前に帰してもらってたし」
バイトを始めたのは高校に入ってすぐ、十六歳のときだった。幼いころ父親を亡くした立香は、母親に負担をかけないため、大学進学の費用をアルバイトで稼いでいた。バーのマスターは年配の寡黙な男で、立香の事情を汲んで雇ってくれた。しかし大学に進学する前にカルデアにスカウトされ、高校を休学。ひょんなことから人類最後のマスターになってしまい、今に至る。
「酔客の相手をしていたのだろう? きみは巻き込まれ体質だ。大丈夫だったのか?」
エミヤの追及は続く。
「巻き込まれ体質って……いや、大丈夫だよ。会員制のバーで、身元がはっきりした良い人ばっかりだったし。まあ……ちょっと変わってる人も多かったかもしれないけど……」
「どう変わっている?」
「うーん、俺の父親になりたがる人とか」
キャスターから怪訝な視線が飛んでくる。
「父親? どういうことだ?」
「俺、父親が小さいときに亡くなってるんだけど、そのせいかなあ。ことあるごとに食事や旅行に行かないかって誘ってくれて」
今度はエミヤが口を開いた。
「父親ということは、相手は男か?」
「そうだよ、みんな年上の立派な大人」
「待て。ひとりじゃないのか?」
「え? うん」
立香が頷くと、エミヤは眉間の皺を深くした。
「食事や旅行に誘われて、きみは行ったのかね?」
「旅行は学校もバイトもあるから断ったよ。食事は行ったけど」
ひとりで食事をとるのは味気ないからと、ホテルのディナーや隠れ家的な店に連れていかれて、とても緊張したのを覚えている。
「……マスター。ひとつ聞くが、きみはその男たちから小遣いなどもらっていないだろうな?」
エミヤの問いに、立香は驚いた。
「えっ、なんで知ってるの?」
「もらったのか?」
鋭い視線に立香は気圧される。
「も、もらってないよ! たしかにお金とか高そうなものくれようとした人はいたけど、そこはちゃんと断った」
彼らは立香の時間を貰っているのだからそのかわりだと口をそろえて言っていたが、食事するだけで、お金貰うなどできるはずがない。ブランド物の時計や財布などもしかりだ。
「他には? なにか要求されなかったのか?」
「要求……? ううん、されてないよ。ただ一緒にごはん食べて話をしてくれればいいって感じだった。あとは勉強を教えてもらったり、お客さんの絵のモデルしたりしたなあ」
男たちは皆、仕事などで社会的に確たる地位を築いていた。知識も経験も豊富で、父親という雰囲気はなかったものの、立香にいろいろなことを教えてくれた。特に語学に関しては、カルデアに来るに当たり、とても役立った。
「絵のモデル? オタクがですか?」
なぜかロビンが眉を顰める。
「うん。お客さんのひとりが画家だったんだ」
「……まさかヌードじゃないでしょうね?」
「上半身は裸だったけど、下半身は布を巻いてたよ」
立香は知らなかったが、バーのマスターが言うには著名な画家だったそうだ。立香の瞳をいたく気に入り、描かせてほしいと頼まれ、バイト代につられて承諾した。立香を描いた絵は高い評価を得たらしいが、画家はどんなに頼まれても売る気はないと笑っていた。彼も変わった男だった。
「俺みたいな子ども、わざわざ相手にしてくれるなんて変わってるよね」
エミヤはなぜかこめかみを押さえていた。
「おいそれ、父親じゃなくパトr」
なにか言いかけたランサーの口に、エミヤが持っていたシューマイを素早く押し込んだ。立香は目をまるくする。
「あれですね、抜け駆けしないように水面下でけん制し合ってて無事だったと……」
「んだな……」
ロビンとキャスターは、苦い顔でなにか囁き合っている。皆の常とは違う雰囲気に気を取られたせいか、アイスピックが滑り、立香は自分の手のひらを傷つけてしまった。
「あたた、失敗しちゃった」
「大丈夫か?」
気づいたアーラシュが心配そうに手元を覗き込んでくる。
「うん、ちょっとかすっただけだから」
血のついた氷を捨てようとしたとき、すっと上から伸びてきた手にかすめとられた。
「えっ」
振り返ると、ギルガメッシュが立っていた。
「王様、それ俺の血がついて――」
立香の制止も聞かず、ギルガメッシュは持っていたグラスの中に血のついた丸氷を放り込む。
「あ」
驚く立香の目の前で、ギルガメッシュはグラスの中に残っていた酒を飲み干してしまった。
「行くぞ」
ギルガメッシュは空になったグラスを傍にいたエミヤに押し付けると、今度は立香の腕を取り、強引に立たせる。
「王様、どこへ行くんですか?」
自分を引きずるようにして部屋の外に出ようとするギルガメッシュに立香は慌てる。助けを求めようと振り返るが、皆、生ぬるい目でこちらを眺めている。

助けてくれるものが誰もいないことを悟った立香の頭の中に、ドナドナが流れた。


▽▽▽


「みなさんがマスターをこちらに寄越してくださらないので、機嫌を取るのに苦労しましたよ」
立香とギルガメッシュの姿が遊戯室から消えてから、古参組に近づいてきたデオンがそうぼやいた。
「そう言われても、おもしろくねえもんはおもしろくねぇもんなあ?」
「そーそー。こちとらトンビにアブラアゲ、ってやつですわ」
つまらなそうに酒を煽るキャスターに、ロビンが同意する。
バビロニアから還ってきた立香は、すっかりウルクの王に心を奪われていた。付き合いの長いサーヴァントからすれば、可愛がっていたマスターが新参者にかっさらわれるのが面白くない。それも相手は、あの初夜権を振りかざしていた『ギルガメッシュ』である。ギルガメッシュがカルデアに召喚されてからというもの、サーヴァントたちは各自、マスターとギルガメッシュが二人きりにならないよう画策し、動いていた。
「そうおっしゃる割には、今夜はやけにあっさりマスターを連れていかせましたね?」
「ま、金ピカのおもしれぇ顔も見れたからなぁ」
デオンの質問に、キャスターがニヤリと笑う。
最初は立香のまわりを固めるように陣取るサーヴァントたちに殺気を向けていたが、その後、立香の口から語られた過去にどんどん機嫌が悪くなるのが手に取るようにわかった。気づいていないのはマスターくらいだろう。
「少し飲ませすぎたかもしれません」
デオンが呟くと、ロビンが首を傾げる。
「あの王様ですかい? 顔色ひとつ変わってませんでしたけど」
「ええ、蒸留酒はあまりお得意でないようでして」
ルルハワで護衛しているときに仕入れた情報だ。これまで溜まっていたのだろう鬱憤もろもろと相まって、今夜は彼の王の表情を崩すのに役立ったようだ。
「はじめはマスターがずいぶん入れ込んでいると思い込んでいたのですが……」
「案外、逆なのかもしれませんねえ」
デオンとロビンの呟きに反論する者は誰もいなかった。

しばらくサーヴァントのあいだでマスターが『親父ころがし』と呼ばれていたことは、幸か不幸か、立香の耳には入らなかった。



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