五分間

 ときどきこの現実が全部、あなたの見ている夢なのではないか、そう疑ってみることがある。
 あなたはあなたの都合のいいように、その脳内に町を描いた。人を描いた。山を描いた。空と雲を描いた。星を描いた。目に見えない、空気中の分子や菌にまで気を回して、丁寧に描いた。そしてその中に私を描いた。だから私なんて本当は存在しないんだって思う。真実のあなたは——私の知らない世界で、仕事に疲れて、ひとりぐっすりと自室で眠っているのかもしれない。あるいは大事故にあって、意識不明の重体に陥って、延々、死と眠りのあいだを彷徨いつづけているのかもしれない。外の世界であなたがどうしているか私には関知できない。でも、それでもいいって思う。あなたは夢のなかに私を描いてくれた。私の存在を望んでくれた。それだけで充分。私には、充分すぎるくらいだ。
 この考えは私の思考と感覚をぼやけたものにする。だって、全部本当は存在しないのだもの。それまで感じていた現実感がゆっくり私の肌から剥がされて、私は厚い繭に包まれるような感覚を得る。それはあなたの作り出した繭だ。あなたの愛情の繭。私はそれに包まれて、信じられないくらい幸せになれる。今すぐ、あなたが目覚めてしまってもいい、そう思う。あなたが目覚めればこの世界は終わる。幸せのまんまで、私は終焉を迎える。それ以上に幸福なことなんて——私にはとても思いつかない。
 買い物の帰り道、気が向いて、花屋でミニバラの鉢を買った。とはいえあなたが目覚めるまでは、この世界はすっかり現実のふりして私を追い立てる。それはあなたにとっては仮想の夢の世界でも、その世界に生きる私にとっては、現実そのものに他ならないのだ。私は上手に波に乗らなくちゃいけない。置いていかれないように。飲み込まれないように。この世界で、現実をやっていかなくちゃならない。
 ミニバラは私の現実だ。部屋に帰って窓際に飾ると、淡い赤色は光を受けて薄く透けるようだった。私はこの部屋であなたを待つ。あなたが帰ってくるのを待つ。ミニバラと一緒に、仮想とも現実ともつかない、この世界で。



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