■おとぎ話が羨ましくて■

 開いた絵本を眺めて、セフィロスは遠くため息をついた。
 入り口も出口も無い、高い高い塔に、赤子の頃から閉じ込められていた姫の童話。
 大嫌いな絵本だ。
 通りかかった王子へと長い髪を垂らし逢瀬を重ねる囚われの姫。囚われている意識すらない。
ただ生まれた時から、塔の中だけが己の居場所。他の世界を知らず、塔の上から世界を見下ろす
だけの姫。
 くだらない。何故おとなしく囚われたままでいるのか理解に苦しむ。入り口も出口も無いなら、
そんな場所、窓から飛び降りてしまえば良い。
 コーヒーのカップを二つ置き、隣に腰を下ろしたザックスは、「お、ラプンツェルか」と、熱い液体を
すすりつつ絵本を眺めている。
 ―――飛び降りて、行き場所があるのなら。
 赤子の頃から閉じ込められた世界から出て、他に居場所があるのなら。
 本当は―――姫はそれを分かっていて、塔から出なかったのかもしれないと、セフィロスは思う。
 長い睫毛を伏せ、塔の上で歌を歌う姫の挿絵を見つめた。
 そうだ。飛び降りた所で、どうにもならない。ならば、塔の上から遠い世界をただ眺めているだけの
方がましだ。
 飛び降りても、何も変わりはしない。受け止めてくれる人も世界もない。何処へ行っても、孤独は
変わらない。
 「セフィロスは、髪、キレイだな」
 髪に手を伸ばし、ザックスは屈託なく笑う。不用意にこの自分の髪に手を伸ばし、触れる事が
出来るのは彼だけ。誰も触れようとはしない。誰も近寄ろうとはしないこの自分に。そもそも、
誰が側にいる事を触れさせる事を許可するものか。
 「ちゃんと、髪、伸ばしといてくれよ。俺が、この髪伝って会いに行くから」
 笑うザックスに―――声を詰まらせ、セフィロスは碧い瞳を微かに見開いた。上げた目線で
笑顔の彼を見つめた。
 この絵本が、大嫌いだ。
 大嫌いなのは、きっと、この姫が羨ましいから。
 塔の上で歌う声を聞き、塔の中へ会いに来てくれる王子がいるから。塔から飛び出しても
探してくれる王子がいるから。
 「ザックス」
 笑うザックスから目を伏せて、セフィロスは唇を噛んだ。
 「俺は‥おとなしく囚われているような、姫ではない。自分で、飛び出してみせるから」
 「そっか。じゃあ、塔から飛び降りて失明する事もないな、王子が」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 「知ってるか?王子は、塔から追放されたラプンツェルを、目が見えなくなっても7年も探してたんだ。
ずっと、探してた」
 「ザックス」
 「俺も、ずっと探すよ。あんたを見てる。だから、そんな顔しないでくれよ」
 笑って、ザックスは白い頬に手を伸ばした。一瞬、セフィロスの表情が強張り、怯えた様に身を引く。
触れられる事に極端に不慣れなセフィロス。こんな時、無防備に戸惑った表情を見せる。滑らかな頬を
撫でれば、拒絶するような泣き出しそうな目をして、俯いてしまう。
 この人が愛おしい。柔らかな銀色の髪を優しく梳いて、ザックスは掠める様に唇を重ねた。
 「さ、コーヒーが冷めちまうぜ。どうぞ、セフィロス?」
 笑うザックスが差し出すカップに、セフィロスは戸惑いを隠せないまま、口を付けた。
 この絵本は、大嫌いだ。
 大嫌いなのに、手垢にまみれてぼろぼろになるまで繰り返し読んでしまうのは、きっと―――
この絵本の結末に憧れているから。
 唇を爪の先でなぞり、セフィロスは絵本の最後のページを見つめて長い睫毛を震わせた。
無言で肩を抱き寄せる、今はまだ自分より頼りない男の腕に、素直に身を預けた。


『いくつかのお題60・Lver』  お題配布元・Neptune様



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