拍手ありがとうございます。励みになります。 下記はお礼です。お楽しみいただけたら幸いです。 幕間ダンス かぼちゃの馬車を見送って、魔法使いは小さく息をつく。 ボロ雑巾のような服をドレスに、かぼちゃを馬車に、ネズミを馬と御者に変えて、ガラスの靴を与えてやった。自分の仕事はここまで。あとは主人公である彼女が道を切り開いていくだろう。 物語は既に、舞踏会が開かれる城へと場面を移している。出番の終わった魔法使いがフードを深く被ったその時、目の前に思いも寄らない珍客が現れた。 「こんばんは」 派手な帽子とコートを身に纏い、腰に細い剣を差した男がニコリと笑う。男には片手がなく、コートの左の袖口からは特徴的な鉤爪が覗いていた。 「お主、隣の本の海賊じゃろう? なぜここにおるんじゃ」 「ちょうど出番が終わって暇だったんだよね。ピーターパン御一行様は、今まさにインディアンたちとお祭り騒ぎって訳」 眉をひそめた魔法使いに、海賊はニコニコと笑いながら答える。 「その隙にこっちに遊びにきたんだけど、シンデレラはもう行っちゃった後みたいだね」 残念だなー、とさしてがっかりした様子もなく海賊は頭の後ろで手を組んだ。 「シンデレラに会いたいなら城に向かうことじゃな。ウチはもう行くぞ」 「魔法使いさんはこの後どうするの?」 海賊の横を通り過ぎようとした魔法使いは、そのセリフに足を止める。 「出番が終わったんじゃから、消えるに決まっておるじゃろ」 なにを当然のことを聞くのだろう。出番の終わった役者は退場するものだ。 そのとき、遠くの方から華やかなワルツが聞こえてきた。かぼちゃの馬車が向かった城の方角からだ。 「舞踏会が始まったみたいだね」 「そうじゃの」 「シンデレラは王子様に会えたかな?」 「気になるのなら見てきたらどうじゃ」 「そうだねー」 「うむ」 そう頷いて、魔法使いは海賊が立ち去るのを待った。しかし、一向に海賊がその場を離れる気配はない。それどころか海賊は、魔法使いに向けて手を差し伸べてきた。 「ねぇ、一緒に踊ろうか」 その言葉に、魔法使いはパチパチと二度まばたきをする。 「ウチがお主と?」 「他に誰が?」 「魔法使いと海賊じゃぞ」 「それがどうかした?」 自分と相手は姫と王子でもなければ、ここは城の広間でもない。誰も見ていないこんな場所で、脇役同士がダンスをしたところでなんの意味があるだろう。 「お主なにを考えて、んあっ」 言い終わる前に、海賊が魔法使いの体をグイと引き寄せた。その拍子にフードが外れて、魔法使いの赤い髪がこぼれ落ちる。 「ほらほら、もう曲は始まってるよ」 「や、やめい、こける!」 「ちゃんとついてきてよね〜」 「んあああ」 魔法使いの体をくるりと操った海賊は、鉤爪で魔法使いの右手をすくい上げて、そのまま曲に合わせてターンをした。魔法使いは慌てて海賊の鉤爪のカーブに掴まってバランスを取る。 「へったくそ」 「なんじゃと! ウチだってこのくらい……」 体勢を立て直した魔法使いが、海賊のステップに合わせて足を踏み出した。スロー、クイック、クイック、スロー、スロー。ワルツの基本くらいは知っている。 「そうそう、なかなかやるじゃん。はい、ここでスピン!」 「んあー! いきなり手を離すな!」 「なにもっとくっつきたいって?」 「そういう意味ではない!」 「回ってー、はい、背中そらしてー」 「注文が多いわ!」 「うわ、エビかよ」 「お主がそらせと言ったんじゃろうが-!」 魔法使いが顔を真っ赤にして怒ると、海賊が声を上げて笑った。 「あはは、ごめんって」 「も、もういいから普通に踊れ……」 「えーこの後リフトの予定だったのに」 「やらんわ!」 「我が儘だなぁ」 「どっちがじゃ!」 やかましい会話とワルツの調べに乗せて、くるりくるりと円を描く。スロー、スロー、クイック、クイック、スロー。 ふと、背に回された海賊の右手が、思いのほかしっかりと自分を支えていることに魔法使いは気がついた。恐ろしそうに見えた鉤爪は、尖った先端に触らなければ傷つくこともない。 スロー、クイック、クイック、スロー、スロー。 そういえば、今踊っている相手はどんな顔をしていただろう。さっき見たはずだが、急にきちんと、もう一度顔を見てみたくなった。くるりくるりと、風を切って踊る。そろそろ心臓が悲鳴を上げそうだ。踊りながら、魔法使いが相手の顔を見ようとしたところで、唐突に曲が終わりを告げた。その途端、海賊がピタリと動きを止める。 「あーあ、終わっちゃったね」 「つ、疲れた……」 海賊が手を離すと、魔法使いはその場にへなへなと崩れ落ちた。呼吸も荒く、心臓があり得ないほど速く胸を打ち付けている。元々運動は得意ではないのだ。 「オレもそろそろ行かなきゃ。今頃部下達がティンカーベルを捕まえに行っているはずだからね」 ハァハァと息をつきながら、その言葉に魔法使いは顔を上げた。 「ティンカーベルを捕まえる」。それはきっと「悪いこと」だ。 「なぜそんなことを……」 「なぜ? おかしなことを聞くんだね。オレはヴィランだよ」 海賊がそう言って、悪役らしく唇を歪ませて笑った。さっきまで一緒に踊っていた相手とは思えない。こちらが正体だというのだろうか。 「じゃあね、魔法使いさん。楽しかったよ」 「あ、」 ニコリと笑ってそう言った海賊が、バサリとコートを翻す。魔法使いがまばたきをする間に、男はその場から消えていた。 「行ってしまった……」 空を切った右手を下ろして、魔法使いがぽつりと呟く。 海賊は自分をヴィランだと言った。悪役の末路なんてろくなものではない。そんなことは、きっとあの男もわかっているだろうに。 「……馬鹿者」 ひとり残された魔法使いは、そう呟いて立ち上がる。 風に乗って城の方から次の曲が流れてきた。12時までまだもう少し時間がある。 先ほどまで背中に回っていた手のぬくもりを思い出して、魔法使いは顔をうつむかせた。 まだ心臓がドキドキと音を立てている。 自分だってほんの少し、爪の先くらいは楽しかったことを、伝えそびれた唇をきゅっと結んで、魔法使いはフードを被り直した。 了 (「いやー昨日はあの後散々だったよーへっくしゅ!」と翌日また会いに来る海賊) |
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