記 憶



 表情を失くした瞳。
 この子を守れるのは、自分だけだと思っていたのに。

「――――ごめんね、イルカ」

 両親を九尾の災厄によって失い、混乱して泣き叫んでいたときのほうが、ましだったと思う。
 自身も、大切な存在――師を失ったけれど、イルカには、大切なものを失う覚悟が足らなかったのだろう。
 それも無理はない。イルカはまだ、忍びではないのだ。
 ずっと傍にいて、イルカの心が癒えるまで――否、癒えずとも少しでも落ち着くまで、見守っていたかった。

 だが、壊滅寸前にまで追い込まれた里は、絶えず他里からの襲撃に備えねばならず、しかしその人員はあまりにも不足していた。
 先代火影が、四代目が亡くなったために再度その座に戻り、里の復興にも人手を割かねばならない今、有能な忍びは資金を得るためにも高ランク任務に駆り出されている。
 まだ少年の域を出ないカカシも、上忍を名乗る以上、里に貢献するのは義務だった。
 イルカを残して、もう何件もAランク、Sランクの任務をこなした。
 それでもわずかでも身が空けば、イルカの元へ走り、未だ混乱するイルカを抱き締めてやっていた。

 ――――それなのに。

「……暗部に、入ったら。もうここへは、来られないんだ」

 せめて混乱から立ち直るまでは、傍にいてやりたかったけれど。
 今、自分までが目の前から消えたら、イルカはどうなってしまうのか――安易に想像がつく気がして、里長に願い出た。

 イルカが生まれて間もない頃から、ずっとずっと、見守ってきた。
 かわいくて、いとしくて、大切で大切で。
 イルカがいたから、父を亡くしたときも、親友を失ったときも、『自分』をなくさずにいられた。


「……カカシ、にいちゃん……?」

 カカシの腕の中で、イルカの虚ろな瞳に、わずか、光が戻る。
 カカシは小さく笑み、イルカを抱き締める力を強くした。
 いつ綻びが出るとも知れない封印ではなく、カカシに関する記憶を、完全に消す。
 その術をイルカに施す許可を、カカシは里長から得てきたのだった。
 だから、その瞳に自身を映すのも、その唇に名を呼ばれるのも、これが最後。

 いつか。
 生きて、暗部としての任から解かれたとき。
 再び、出会えることもあるかもしれない。
 そのときは、カカシの記憶を持たないイルカにとっては、初対面になるけれど。
 生きていてくれれば。
 この里で、笑っていてくれさえすれば。

「俺は、忘れないから」

 カカシはイルカの小さな身体から身を離し、その額にそっと手をかざした。


 さよなら。




THANKS!





ついでに一言あればどうぞ(拍手だけでも送れます)

あと1000文字。