起きたら猫に(木手編)
「起きたら猫に(木手編)」
 ある日の朝、起きたら自分が猫になっていることに気付いた。どこからどう見ても、正真正銘猫だった。
 
 はて、この場合私はどうするべきなのだろうか。
 
 迷った挙句、とりあえず中学生としての義務を果たすべく私は学校へと向かうことにした。
 とてとてと学校まで歩いていく。いつもよりぐんと視界が低くて、猫とはこんな風に世界が見えるものなのかと思う。
 果たして戻れるのかとか何とか考えようにも、あまりに状況が現実離れしていて、悲観的になりようもなかった。
 
 いざ学校に辿りついて私は少々途方に暮れた。猫のままでは教室に入れない。校舎の中に入っても追い出されてしまうだろう。
 仕方なくとてとてと校舎の周りを歩く。
 
 「おや」
 
 聞き覚えのある声に顔を上げると、木手永四郎がゴーヤに水をやっていた。じょうろを持つ姿がここまで似合わない人間を私は初めて見た。
 
 「ここは生徒以外立ち入り禁止ですよ」
 
 猫に何を言っているのかと思ったが、猫なのでにゃあとしか言えない。
 
 「とはいえ、どうしようか」
 
 じょうろを置いた木手にひょいと抱えあげられてしまった。
 抱いてくれる手は意外と優しくて、普段の怜悧な印象とは少々違う。見上げたらちょっと顔が近くてどきどきする。
 
 「キミ、ゴーヤ食べる?」
 
 猫が食べるわけがない。そもそも人間の頃から私はそんなにゴーヤが好きではない。
 うにゃあと木手の腕から逃げようとしたが、この男、意外としっかり抱いているせいで逃げられなかった。
 
 「冗談ですよ。甲斐君に牛乳でも買って来させましょう」
 
 木手の言葉に私は少々空腹であることに気付いた。大人しくなった私に木手は現金な子だと笑う。
 その顔は何だか穏やかで、殺し屋も猫の前ではこんなものらしい。
 片手で器用に私を抱えたまま、木手は携帯を取り出して誰かに電話をはじめる。

 「ああ、甲斐君ですか。どうせ遅刻するなら牛乳買ってきなさい……は? つべこべ言わずに買って」
 
 ゴーヤ食わすよ、と言い捨てられて電話を切られた甲斐が少し可哀想になった。でも空腹なので牛乳は欲しい。
 
 「ちょっと待ちなさいね」
 
 木手が頭を撫でてくれるのが心地よい。低くて優しい声が、また安心する。
 何だか起きたばかりのはずなのに、その手が子守唄みたいに私を眠りに誘う。
 
 そこで、目が覚めた。
 
 少し残念に思う。
 もう少し、普段は見られないあの優しい声と手を堪能していたかった。



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