CROSSING 1

(注・オリキャラ登場します) 「高耶さん、ちょっとお願いがあるんですが」 「何?」  台風一過の蒸し暑い初秋の日。朝起きるなり直江は そう声をかけた。昨日は 午前様で、先に眠ってしまった高耶には一方的に寝顔に口付けただけで、話を することができなかったのだ。本当は、昨日のうちに お願いしておきたかった のだけれど。 「ええ、実は、うちの会社で短期のアルバイトを募集していまして」 「バイト?」 「ええ、そうです。簡単な事務の補助と、書類の配達とかですね。バイク便のような ものだと思っていただけ るといいのですが」  突然の申し出にすこし目を上げて高耶は口をつぐんだ。 「急なことなので、求人を出したり面接をする時間も惜しいので、兄がぜひあなたに お願いしたいと言うん です」  直江は穏やかに話している。が、その声に多分に期待の響きが含まれているのを 察して高耶は苦笑した。 「いいぜ、別に。大学が終わってからでもいいんだろ?」  予想通りの高耶の言葉に、直江がふっと優しい微笑を浮かべる。バイトが必要 なのは本当だったが、これで高耶と一緒にいる時間が増えると思うと、それだけで 嬉しかった。 「それではお待ちしております」 「ああ、また後でな」 「はい」  小さなキスをかすめるように高耶から奪って、直江はマンションを後にした。  その日の午後、大学の講義を終えた高耶は直江の職場を訪れた。  ここに足を踏み入れるのは初めてではないが、事務などやったことがないので、 さすがに少し緊張する。  一つ大きく息を吐いて、気持ちを落ち着けると、高耶はまっすぐにオフィスに入っ た。 「高耶さん!」  めざとく高耶を見つけた直江が嬉しそうに近寄ってくる。 「よろしくお願いします」  他人行儀に頭を下げた高耶に一瞬戸惑いの表情を浮かべ、だがすぐに姿勢を 正すと、直江も丁寧に頭を下げた。 「こちらこそよろしくお願いします。仕事の内容を説明しますのでこちらへどうぞ」  促され、応接室に進む。オフィスの中では何人もの女子社員が興味深そうに こちらを伺っていた。  応接室で簡単に業務について説明される。要は不動産登記関係の書類の 作成を補助し、法務局や役所に届ける、という ものらしい。頼まれたことを やれば特に問題はなさそうで、 高耶は知らず緊張させていた肩の力を少し 抜いた。 「それではさっそくお願いできますか?」  直江に言われ、用意されていたデスクについた。いくつか書類を渡され、 コピーと製本を頼まれる。直江は他にも仕事があるらしく、照弘に呼ばれ 社長室に消えていった。  早速、与えられた仕事をこなすために立ち上がる。  簡単に説明はされたものの、使い慣れない機械の前で悪戦苦闘している と、すかさず近くにいた女性社員が声をかけてくれた。  まだ若い、大学生の高耶と大して変わらないような女性だ。くるっとした瞳が 少女のあどけなさを残していて、可憐な雰囲気が漂う、どこか美弥を思わせる 女性だった。 「ここね、こうすると簡単よ」 「ああ、本当だ」 「ねぇ、名前、なんて言うの?」 「仰木。仰木高耶」 「ふぅん、仰木君かぁ。──君、かっこいいよね」  言って彼女はふふと笑う。突然の言葉に面食らっていると、もう一人、パンツ スーツを着こなしたショートカットの美人が興味津々割り込んできた。 「篠田さんばっかりずるいわよ。私にも口説かせてよ」  そうしてきゃいきゃいと楽しそうに高耶に質問をはじめた二人に内心うんざりと ため息をつく。自分は仕事をしにきたのであって、遊びにきたわけじゃない。  それでなくてもきゃあきゃあと騒ぐ女子と話すのは苦手なのだ。  それでも直江の同僚なので無下にはできない。高耶は小さく ため息をこぼすと、 慣れない愛想笑いを浮かべ、「すみません、オレまだやることあるから」と言って その場を離れた。  社長室から出た途端、目に入ったのは、高耶が二人の女性の同僚にべったりと 張り付かれている姿だった。どちらも面食いかつ積極的なことで有名で、高耶を 一目見て気に入ったようだ。直江はあから さまに渋面を浮かべた。  高耶と職場で会える、ということだけに目を奪われていて、このような事態になる など考えてもいなかった。  高耶とて慣れなれしくされるのは好きではないはずなのに、曖昧な笑みを浮かべて 二人をさせたいようにさせている。  急激にもやもやしたものが胸の中に広まって、直江は小さく唇を引き結んだ。 彼がどれほど魅力的かなど自分が一番よく知っている。こうなることは予想できた はずなのに。  高耶と一分でも長く一緒にいられる、という喜びと、彼の隣に自分以外の人間が 立っている、という腹立たしさが直江の心をきしませる。  だが、耐え切れなくなった直江が勢いのまま高耶に声をかけようと したとき、 高耶は苦笑を浮かべて二人から離れ、席に戻っていった。 (どうして嫌なら嫌とはっきり言わないんですか、高耶さん!)  ぎゅっと両手の拳を握り締める。  彼女達は高耶の曖昧な態度に希望を持ったようだ。きゃいきゃいと騒ぎながら 自分たちの席へ戻っていく。  結局、直江はやり場のない憤りを抱えたまま、自分の席へ戻った。  黙々と書類の整理をし始めた高耶に、声をかけるタイミングを失ったのだ。  そして一度胸に広がった黒い霧は、長い間晴れることがなかった……。 Sep.9




直高オフィスラブ?(笑)
なんと10年前に書いたもの(^^;
せっかくなのでupしてみました♪

「ぽち」で続きがお読みいただけますv




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