「利き酒?」

日本酒バーのカウンター席で、数多の酒の種類を前に室井が言った。
ゆっくり舌の上で味わい視線を上げると室井がどうだ?と眉を上げる。

「甘味よりなんか、いぐみがない味がする」
「舌の感度はいいようだな」
「ふーん?」

褒められているのか然程期待はされていないのか、リアクションの薄い表情で室井が右手を上げて次のオーダーを入れた。
そこそこ営業時代に酒は嗜んだつもりだった。一流企業の接待なんかも都度経験した。
なのに、この男が平然と見せ付ける世界はどこか無色だ。

「室井さんは、どういうのが好みなんです?」
「お気に入りはあるがな」

それが何かは教えてもらえない。
視線を上げると室井と目が合う。見られていたのだと、その時気付いた。

「付いてこなくてもいい」
「――・・」

酒に?あんたに?
定められているのが、酒なのか俺なのか、曖昧になっていく。
酩酊で浮つく頭で言葉を選べずにいると、迷いを見透かしたように室井が妖しく笑んだ。
追いついたと思った先に、またそうやって、知らない顔をする。

「俺だって、試したいです」

何を?
自分でも曖昧な言葉に戸惑い、言い訳を探す。そして室井は青島に顔を近づけた。
口移しで濁り酒を流し込まれ、味わうために舌を動かしたらその隙で室井に舌を奪われた。
何度も何度も繰り返される。
自分のペースで動けぬもどかしさが、この男との関係に似ていて、窮屈な閉塞感に喘がされた。

「へただ」
「はや、すぎ・・っ」

口唇は離れない。
離れぬまま囁かれ、再び強引に塞がれた。強烈なアルコール度数を放つ液体がしとどに口腔に流れ込んでくる。
客の視線など既に視界から消えていた。触れているのは口唇だけだ。でも熱くて。
痛いほど絡ませられた舌が火傷しそうなほどじんじん痺れていた。

「・・も、・・のめ、ないって・・」

幾度も注ぎ込まれ、飲み干しきれない酒が合わさった肉の端から唾液のように滴った。
名を呼ぶことで行為の異常さも唐突さも消失させられ、平衡感覚すら失った。
何か色々な葛藤や鬱憤、恐怖を堪えていた筈だ。
付いて行きたかった。追いつきたかった。その想いが今俺の息を止める。
成すが儘に導かれて、細身ながら逞しい背中に赤子のように縋った指先は、情けなくも震えていた。

「俺が、すきなの?」
「どう捕らえてもいい」

別れのキス?白状の接吻?それともこんな手切れ酒で引き下がると思われていたのか?
何かがブチンと切れた。
ぜってー、ついてってやる。



「契り」青島編
もっかい押すと室井編
2025.05.10



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